第12話 このメイド、ゲームと設定が違う!

「いやっほうっ! 斬・死っ★」


「第一声が、どうかしてるッ!」


 木刀と木刀がぶつかり合う! 衝撃で身体が震える!


「ちぇすとぉーっ! 斬・死★」

「その掛け声やめて! こわいから!」


 チュチュ君は、ふわふわしたかわいい見た目で華奢な体なのに、立ち会うと格闘家かよって感じの威圧感があるやべー奴だ。


 ケモ耳少女ってことで、人間とは肉体の造りが違うのだろう。

 手合わせでチュチュ君の体に触れる機会は多いのだが、その度に「この子の肉質、猫とか犬の感じに似ているなぁ」と思う。


「なんでチュチュ君は、ふにふに柔らかいのに、やたらと力強いの?」

「なんででしょう? 『獣の亜人』だからでしょうかぁ~?」


「獣の亜人? ケモ耳って、『獣人』じゃないの?」

「違いますよ~。『獣人は、人型の獣』でぇ~、『獣の亜人は、獣の特徴がある人間』です」


「へえ~。似たような感じなのに、種類が別なんだね」


 何気なく言うなり、チュチュ君がちょっと真面目な顔になる。


「今の、獣人にも獣の亜人にも言っちゃダメですよ? 私は気にしませんが、気にする人はかなり怒るので間違えないでくださいね? 喧嘩じゃ済まない場合も、結構多いんで」


 チュチュ君が、なんか複雑で厄介な背景を感じさせるセリフを言い出した。


 うーん……ゲームだと、ケモノ系のキャラはみんな獣人で一括りだった気がするが、こっちの世界では違うんだな。


 設定やら世界観はゲームと同じなのに、現地人の生活の細部に差異がある……。

 やっぱり、ここはゲームの世界じゃなくて、ゲームに似た異世界。


 そんで、チュチュ君はゲームのキャラじゃなくて、異世界で生きてる現地の住人ってことなんだろうなぁ……。



 それはともかく――。


 意図せぬ失言で揉めたくないし、いつものアレで誤魔化そう。


「ごめん。雷に打たれてから、やっぱり記憶が抜けてるみたい……今後は気を付けるよ」


「ふ~む……お医者様に診てもらって体に異常は無かったのに、記憶にだけ後遺症があるんですよねぇ……なんだか、心配です」


 落雷事故に絡めると、だいたいの話が誤魔化せるから楽だ。


「よしっ! 今日の訓練は切り上げて、お医者様に診てもらいましょうっ!」

「いや、いいよ。大したことじゃない」


 嘘だしね。


「それよりさ。獣の亜人ってのは、チュチュ君みたいに戦いが得意なの?」

「そんなことないですよぉ~。わたし個人が得意なだけですぅ。だって、わたしはかわいくて清楚で戦うこともできる完璧なメイドですからぁっ★」


 ゲームでの卑屈で悲壮感のある幸薄そうな姿と違って、ここでのチュチュ君は明るくて可愛くて強さに満ち溢れている。

 例えるなら、虐待されてる飼い犬と自由に生きる野生の狼ぐらいの違いだ。


「だから、剣も得意ですよっ★」

「危ねぇッ!? いきなり、顔狙いで振らないで! 前髪切れちゃったじゃん!」

「えへへ~★ 不意打ちしたのに、避けるなんてさすがですねぇ~っ!」


 ゲームでは決して見ることのできなかった姿……こっちが本当のチュチュ君なのかもしれない……。


「それより、剣を上手く扱うコツってなに? 俺でもできるやつあったら教えてよ」

「コツですかぁ? そうですねぇ~……」


 チュチュ君が顎に手を添えて、しばし考える。


「『剣を動かすんじゃなくて、剣の動きに合わせる』のがコツですかねぇ?」

「どゆこと? 自分で動かさないと、剣は動かなくない?」


「えっとぉ~……振った剣の動作に体の動きを便乗させれば、無理な力を使わずに物が斬れますぅ~みたいな話ですです★」


 チュチュ君はそう言うと、当然のような感じでそこらの木の枝を斬った。


「すごっ! 太い枝をスパッと斬ちゃった! しかも、『木刀』でッ!」


 俺が素直に驚くと、チュチュ君が得意げに尻尾をふりふりと振った。


「ふっふ~ん★ どうだ、参ったかっ!? なんちゃってっ★」


 どや顔かわいい! すき! あの時よりも、ずっとすき!


「剣を持ってるからって、体本来の自然な動きから外れて無理な動きをしないことです。腕を振るように剣を振り、剣を振るように腕を振る――剣と体の動きが自然に一緒になるように動作することを心がければぁ、剣の腕は勝手に上達しますっ★」


「はえ~。ほわほわした物言いだけど、達人っぽい言葉だなぁ」


 ん? 

 そういえば、斬られた木の枝って『俺の首』ぐらいの太さじゃなかった……? 


 やだ、待って……それって、本気になればチュチュ君は、いつでも俺を……。


「ゲ、ゲームと設定が違いすぎる……! このチュチュ君は、通常版と違うDLC版ないし二次創作的な何かなの……?」


 なんか知らんが、異世界版チュチュ君は、ゲーム版のただのメイドではなく、格闘のみならず剣術も得意な戦闘メイドだった――。


 そんな武闘派なチュチュ君が戦闘を教えてくれると言い出した時は、大したことないだろうなぁ、と油断していたものだ。

 もっといえば、優しく丁寧に手取り足取り、あんなことやそんなことやこんなことまで!? と、きゃきゃうふふなことがあると淡い期待をしていた……。 


「あれぇ、坊ちゃまぁ~? 『木が切れるなら、人間も切れるかも』とか思ってそうな顔ですねぇ~ いっちょ、試してみますかぁ~?」

「やだっ! 試さない!」


 だって、ここは愉快で楽しいゲームの世界だし!


「ところで、坊ちゃま。最近、急激に『お痩せ』になりましたよねぇ~」 

「たぶん、連日のハチャメチャ訓練が原因で『やつれてる』んだよ……」


 結果から言えば、それは甘すぎる妄想と儚い希望だったでワケで――。


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