第11話 いたわりと友愛の癖が強いんじゃあ!

「話変わるけどさ。なんで、対人の戦闘訓練ばかりやってんの?」


「お父上とお母上が亡くなられた坊ちゃまは、後ろ盾のない状態です。いわば、金だけ持ってる親無し子。家の庇護下にない貴族なんて、平民と大差ない……いや、奪われるお金やら地位やら持ってる分だけ、平民よりも立場悪いですからねぇ」


「悪い奴にとっては、誰よりも『おいしくて手ごろな獲物』……ってこと?」


 改めて言語化されると、ペヨルマの立ち位置って結構危ういな……。


「ですです。なので、学園では嫌な奴に親がいないと愚弄されるでしょうし、家柄も平気で侮辱されるでしょう。悪い奴の場合は、財産狙いで色々やってくるはずですよぉ~。暴行、脅迫、恐喝、誘拐、あとは猟奇殺人とかぁ~」

「こっわ! 学園のやつら性格悪いつーか、もはや邪悪な悪党じゃん!」


 ゲームにおける学園生活は、そんな物騒さとは無縁だったけど?

 学園にいる生徒に猟奇殺人犯なんて危険なやつは、いなかったはず――。 


「チュチュ君が大げさに言ってるだけだよね……?」

「大げさじゃないですよぉ。そんな稀代の悪がわんさかひしめく状況で、同級生にシメられたら入学早々に負け犬ですっ! そして、負け犬の烙印を押されたら最後、卒業までゴミ扱いですよっ!」


 不良漫画もドン引きのビーパップぶりじゃねぇか……ッ!


 いや、待て! 


 ゲームでのペヨルマは、主人公に負けてからさんざんな目に遭う……まさにゴミ扱いの負け犬!


 なんてこったい! チュチュ君の話は大げさじゃなかった! 


 死ぬことばかりに気を取られていたが、負けて生き延びた場合もかなりヤバい!


「ですからぁ、『対人戦闘で必ず勝てる』ように! わたしは涙をぐっとこらえて、厳しい特訓で坊ちゃまを鍛えているのですぅ★」

「チュチュ君……ありがたいよ! だけど、いたわりと友愛の癖がすごい! もっと優しくして!」


「これでも、一番優しくやってますけどねぇ?」

「それは、ありがたいんだけどさぁ……あれ? でも、学園に入学できるのって、躾と教育の行き届いた貴族のお坊ちゃん・お嬢ちゃんなんじゃないの? 力で上下関係決めてくる野蛮なやつらはいないんじゃない?」


 素朴な疑問を口にするなり、チュチュ君に胸ぐらを掴まれた!?


「おい、甘ったれのボンボン! 人間の邪悪さナメてんじゃねぇぞっ!」

「ひぃい! 急に何っ!?」


 ケモ耳少女の獣性を全開にしたチュチュ君……狼みたいで、むっちゃこわい!


「坊ちゃま……胸ぐらを掴まれたら、どうするんでしたっけ?」

「えっ? あ、足を踏む……?」


 突然の質問に、辛うじて返答する。


 一瞬、緊迫した間が訪れた――。


「貴族ってのは、他人の生き血を啜る邪悪な生き物です。このぐらいの暴力は、当たり前のようにしてきますよぉ~。覚えておいてくださいねっ★」


 正解だったのだろう、チュチュ君がにっこりと笑う。


「足を踏んだ――そのお次は?」

「足を踏んだまま、腹を殴る。あるいは、目潰し」


「いいですねぇ。お次はぁ?」


 にこにこ。


「そのまま顔を殴って急所蹴り……いけそうなら、耳を掴んで敵の体を倒す」

「倒すのいいですねぇっ! そしたら、お次はぁ~っ!?」


「倒せたら、顔を蹴るか、喉を踏みつける。あとは、金的でトドメ……?」


 にこにこにっこりーん★


「大正解っ★ それで、無力化大成功でぇ~すっ! 見事、坊ちゃまは極悪貴族をしばき倒しましたぁっ! ぱちぱちぱち~、おめでと~っ★」


 俺の答えにご満悦のチュチュ君は、尻尾を振ってご機嫌だ。


「よくできましたので、素敵なご褒美をあげましょうっ!」

「ご褒美っ!? うれしい!」


「わたし特製の愛情たっぷりクッキーですっ★」


 服の生乾き臭と血の匂いとおっさんの加齢臭が三位一体となって、強引なジェットストリームアタックで鼻にダイレクトアタックしてくる!


 で、おなじみのチュチュ君特製の激マズクッキーだァーッ!


「……これ、地域によっては『拷問』に用いられたりしてない?」

「用いられたりしてませんっ!」


「じゃあ、なんかの兵器とか武器とか毒とかとしては?」

「全部ないですっ! 愛情たっぷりのおいしいクッキーは、愛情たっぷりのおいしいクッキーですっ! それ以外の何物でもないのですっ★」


 情報も愛情も本当なのかもしれないが……それとは別にして。


「……俺、これきらい」 

「しゃあっ!」


 突然の暴力!


「なんでェーッ!?」

「愛情を無下にした薄情者への罰です! 愛情とクッキーをたっぷり喰らえっ!」


 チュチュ君の目も言葉遣いも……マジだ!

 これは……やらないと、やられる!


「はい、坊ちゃま! 『あ~ん』っ!」

「いや、いや、いやっ!」


「しゃあっ! 地獄突きっ!」


 なにっ!?


 まさか! 喉を突いて、「おえっ!」ってなったところに、強引にクッキーを突っ込むつもりかッ!?


「させるかッ!」


 チュチュ君の地獄突きを手で払って、すかさずローキック!


「あの~、坊ちゃま? 『考えなしに、太ももは狙っちゃダメ』って教えませんでしたっけぇ~?」


 太もも狙いの蹴りは、チュチュ君に掴まれて無効化された!


「マズい! 動きを制されたッ!」

「蹴りは掴まれないように低めに放って、ふくらはぎを蹴り抜いてくださいねっ★」


 次の瞬間、軸足のふくらはぎを蹴られた! 

 足払いじみた蹴りで足が弾かれ、地面に倒される!?


「トドメはすぐに刺すっ★」


 クッキーが迫る! 死の匂いがする! 命を狩りに来たッ!


「嘘でしょッ!?」


 ふくらはぎが痛すぎて、足が動か……逃げられねェッ!


「ひいっ!」


 反射的に体を丸める!

 クッキーを強引に口にねじ込まれないためだ!


 あと、急所狙いの蹴りからの防御と同時に、手足を掴まれて投げられたり引きずられたりを防ぐため!


「咄嗟の判断は合格ですっ★ でもぉ~、敵は攻撃をやめてはくれませんよっ!」


 防御しても、普通に追撃してくる!


「痛い、痛い! クッキーで突かないでッ!」


 は、反撃しないとヤバい!

 チュチュ君がクッキーを振り上げた隙を突いて、左手で彼女の右足首を掴む。


「むっ!?」


 掴み次第、左足と右足でチュチュ君の膝を挟む!


「むむっ!?」


 すぐに上半身を起こして、チュチュ君の襟を掴み、起き上がる勢いで斜め横に倒れる。


「わあっ!? 体術で崩されちゃったっ★」


 膝裏を固定されてるチュチュ君は踏ん張りがきかず、地面に倒れる!


「テイクダウン成功ッ!」


 ぶっつけ本番でも上手くいくもんだな!


「感心するより、すぐ逃げるッ!」


 俺はチュチュ君の手からクッキーを奪って逃げた!

 チュチュ君が持っていたら、無理矢理食わせようとしてくるに違いないからッ!


「倒されても、咄嗟に組み手で形勢逆転っ! 特訓の成果が出ましたねぇーっ★」


 何事もなかったかのようにピョンと元気に飛び上がったチュチュ君が、満面の笑みで追っかけてくる!


「ひぃ! 不死身ッ!?」

「わたしのクッキーを持って逃げるなんて、本当は食べたかったんですねぇ~っ★」

「ち、違うッ!」


 気付いたら、また地面に倒されていた……!?


「相手がちゃんとした敵の場合は、倒した後もちゃんと追撃して、意識か命を奪わなきゃダメですよっ★」


 つ、強すぎる……メイドというか、女子の強さじゃない!

 ゲームと違う……イレギュラーすぎる! なんなの、この子ッ!?


「殴る、払う、蹴る、掴む、投げる――格闘の基本は、咄嗟の実戦でも使えるぐらいになってきた感じですねっ! すごいじゃないですかっ、素敵ですぅっ★」


 てっきり罵倒されるかと思ったが、意外にも褒められた。


「え? あ、あぁ……そう、素敵? お、おぅ……そ、それほどでもないけど……」


 おもわず、照れ隠ししちゃったけど……。

 怖い目に遭ってから褒められた落差の分だけ、嬉しさも大きい!


「さあっ! では、お次は! お楽しみの武器の使い方をお教えしましょうっ★」


 何気なく始まった訓練も、本格的になってきたなぁ。


「その前に、愛情たっぷりクッキーをご賞味あれっ★」


 しまった、油断した!


「うぐぐぐ……チュチュ君の愛情たっぷりクッキーは、ビタミン・ミネラル・タンパク質、そして愛と毒が含まれている完全食だァ……」

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