第10話 かわいいあの子は予測不能
俺とチュチュ君は今、池に浮かぶ木板の上に存在していた――。
「な、なんで、こんな不安定の極みな場所で……特訓してんのッ!?」
「足腰を鍛えると同時に、姿勢や重心の使い方を覚えるためですよ~っ★」
チュチュ君の訓練は、俺の基礎的なものと違ってトリッキーだった。
「姿勢の維持に筋肉を使うと疲れちゃうので、重心のバランスで姿勢を保つ方法を覚えましょう~。赤ちゃんって筋肉がないですけど、体を揺らして上手に立ってますよねぇ?」
波でゆらゆらと揺れる板の上では、生まれたての子鹿のようなへっぴり腰で立っているのがやっとだ。
「あんな感じでぇ、膝を緩くして土踏まずに重心を乗せたらぁ、体の揺れを水の動きに合わせてください~っ★」
「簡単そうに言うけどさ、難しすぎない? なんかの達人のみができるやつじゃないの!?」
「あはは、まさかぁ~。赤ちゃんだってできる初歩の初歩のやつですよぉ~」
一年後に迫る学園の入学テストは、筆記や面接に加えて、実戦形式のものがある。
だから、それをクリアするため&後のバトルイベントで主人公に殺されないために、メイドのくせになぜかやたらと強いチュチュ君に戦闘訓練をしてもらっているのだ。
ゲームの修行パートみたいな感じだが……。
原作では、こんな設定も場面も存在しない!
「ほらほらぁ~! しっかり立たないと、池に落っこちちゃいますよぉ~★」
「チュチュ君は尻尾でバランスを取ってるからいいけどさ! それ、ズルくない!?」
ペヨルマではなく俺だからこそ、作れたチュチュ君とのイベントだと言える。
「口答えしないっ! 先に落ちたほうが、負けですよぉ~★」
「この状態で、なんで腰の入ったパンチ打てるのッ!?」
そもそもの話――。
学園に入学することでゲーム本編のストーリーが始まり、結果的に悪役キャラ・ペヨルマである俺は殺されてしまうであろう未来を考えれば……学園なんかに入学するべきじゃないのかもしれない。
だが、色々と考えて辿り着いた結論としては――
下手にストーリーを変更するのは、予想外のヤバいことが起きる可能性が高い!
「体でバランスがしっかり取れれば、水に浮かぶ不安定な木の板だって土のごとし安定感ですよぉ~★」
「そんなわけないだろ! あと、ぴょんぴょんして板を揺らさないで! 落ちちゃうからッ!」
ペヨルマがどうやって学園に入学したのかが不明なので、正攻法で入学テストをクリアする必要がある。
なので、問題なくゲームのストーリー本編に入れるように――入学テストをパスできる実力が必要だった。
それを手に入れるために、危険を承知で実戦形式の訓練をしているのだが……。
こんなみょうちくりんな状況下の実戦なんてあるのか?
「でゅくし! 拳と肩を一直線に動かせば、力が乗って早く動かせますよ~っ★」
「ねぇ! 俺の話聞いてるッ!? 『揺らさないで!』のなかには、『攻撃しないで!』って思いも含有されてんのッ!」
チュチュ君には先生をしてくれるのならば、『俺が主だということは忘れて、弟子のように容赦なく鍛えてくれ』と言っておいた。
「思いは言葉にしてくれなくっちゃわかりませんよぉっ★」
「ひぃッ! 高速殺人ジャブ!?」
そして、チュチュ君はそれに応えてくれている。
「なんですかぁ、それぇ~? でゅくし、でゅくし!」
「やめて! 急所を狙わないで! 殺す気なのッ!?」
とはいえ、応えてくれ過ぎな気がするが……。
「え~? 殺されるような目に遭わないと『どこまでやられたら死ぬかが理解できない』からぁ、殺すための戦闘技術が身に付きませんよぉ~?」
朝から晩まで、何度も何度も何度も何度も!
問答無用で行われる実戦型のハードコアな訓練――。
「殺すための戦闘技術はやりすぎ! 護身術でいいのッ!」
「護身を目的にするなら、護身術なんかやったって無駄ですよぉ~?」
「えぇ……どういうこと?」
チュチュ君は会話の最中も、ニコニコ顔で殺人ジャブを打ってくる。
さながら、『お池にドボン!押されたら負けよ❤地獄の押し相撲!』だ!
「護身の目的は身の危険の排除ですよねぇ? なら、『どうやって身を守るか』じゃなくってぇ、『どうやって敵を殺すか』を考えることで初めて、危機を排除できるとは思いませんかぁ~?」
「……物騒だけど、正論なのかも。いや、そんなことないか……」
「正論ですよぉ~。だって、殺す気満々で襲いかかってくる敵から身を守るためには、街の痴漢だの酔っ払いだの相手の護身術な~んて、何の役にも立ちませんものぉ~? 殺しから身を守るには、殺しを理解しないとダメですからねぇ~★」
改めて言葉にされると、チュチュ君の暴論は正論かもと思える。
だけど……。
「正直、話が物騒すぎるよ! 入学テストで殺人は課されないでしょ!?」
「う~ん……やっぱり、坊ちゃまは動けるデブでしかないですねぇ……」
「ちょっと、話聞いてる!? 無視して、悪口やめてよね!」
「坊ちゃまを拝見した感想なんですけどぉ。身体能力はお高いのですが、自己流で変な鍛錬していたせいで、体の動きが全体的におかしいですねぇ~」
ほんわかした言動のチュチュ君だが、その指導は鬼軍曹がドン引きするほどスパルタだ。
「俺って動きが、おかしいの?」
「はいっ! デブのくせに素早く動き回るからおかしいですっ!」
「弾ける笑顔で言うことじゃないでしょ!」
「なので、矯正しますっ★」
唐突に、思いっきり蹴り飛ばされたァーッ!?
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
「陸に向けて蹴ったので、受け身とってくださ~いっ★」
「む、無茶言わないでよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
地面に叩きつけられるように落下!
バウンドしてから、土の上をゴロゴロと転がる!
でも、あんまり痛くないッ!?
「はうあ! もしかして、あたい強くなってる……?」
早くも、特訓の成果が発揮されたのかッ!?
「脂肪で衝撃を吸収できただけで、強くはなってないですよぉ~?」
「ひどい! あと、ふわふわした挙動から、いきなり殺しに来ないでッ!」
池からジャンプして後を追ってきたチュチュ君が、普通に襲い掛かってくる!
「やめ! ちょっと休憩!」
「今、なんかおっしゃられましたかぁ~?」
「訓練おしまい! 休憩、休憩ッ!」
チュチュ君の拳が、眉間ギリギリでピタリと止まった!
あと、一秒でも言うのが遅ければ、俺は……。
「あと、一秒遅かったら、坊ちゃま悶絶してましたねぇ~★」
「ねぇ! 怖いこと言わないで!」
常に傍にいて俺を支えてくれる優しくも厳しいチュチュ君だが、唐突にケモ耳美少女の獣性を発揮したりしてくるから、いまいち行動が読めない。
「あと、一秒遅かったら、坊ちゃま悶絶してましたねぇ~★」
「二回も言わないで! 怖いから!」
マジで読めない!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。