第8話 話と違うじゃないッスか!

「僕は、痛いのとか苦しいのとか嫌いなんです。それでも強くなれますか?」

「はいっ! 強くなれますよっ★」


 にこにこ❤


「僕はデブだし、体力もありません。これまで激しい運動もしたことがありません。それでも強くなれますか?」

「はいっ! 強くなれますよっ★」


 にこにこにっこりん❤


「チュチュ君より、強くなれますか?」

「はいっ! 一生懸命鍛錬すれば、わたしより強くなれますよっ★」



 こんなやり取りから、数週間――。


「なめてんじゃねぇですよっ! 痛い思いをしないで強くなりてぇですって!? なれるわけないでしょうがぁぁぁーっ!」

「ぎええええええええええええええええええええええええええええええええっ!」


 チュチュ――ゲームでは、ペヨルマのおつきのメイドだ。


 いつも大人しくペヨルマに付き従って暴虐の犠牲になり、怯えた子犬のようにしている。

 狼の獣人という設定だが、バックグラウンドに戦闘系の逸話があるわけじゃない。


「ぶちのめされた気分はどうですかっ!?」

「さ、最悪……ッ!」


 繰り返すが、チュチュは『ただのメイド』だ。

 ペヨルマという不細工な敵役が、画面に表示されるむさ苦しさを和らげるために添えられている『かわいい美少女キャラ』であって……。


 拳を血で染めるバイオレンスキャラじゃないッ!


「っていうか! ぬぅわんで、毎日毎日! ボコボコにされきゃならんのじゃあーッ!?」


「ご自分の非力さを恨んでくださいっ! ボコボコにぶちのめされて、ごはんも食べられない、トイレもいけない、息するだけで苦痛でしょう……でも、ドン底に叩き落されて初めて『心の底から強くなりたい』と思えるんです! その思いが『強さ』に繋がるんですっ★」


 こ、このメイド……脳筋を越えた武闘派が過ぎる!


「これ、訓練でしょ!? 殺し合い感覚でブチのめしてこないでッ!」

「口答えしない! 痛みも知らずに強くなりたいとか抜かす、小手先の小細工だけで強くなろうとする小賢しくて身勝手で不純で舐め腐った性根を叩きなおしてるんですよっ!」


「悪く言いすぎ! ちっとは加減しろ、バカ!」

「なにぃ~っ!? バカだとぉ~、何様のつもりだぁっ!?」


 マズい! 飼い犬に手を噛まれるとはまさにこの事。

 暴力メイドに、己の立場を思い出させてやらねば!


「何様だと!? わしゃ、お前のご主人様だッ!」


「そ、そうでした! 指導に熱が入るあまりつい、ご無礼を……ご、ごめんなさーいっ!」


 己をメイドだと思い出した素直なチュチュ君が、ぺこりと頭を下げる。


「かわいいけど、ダメ! 謝って済むなら、各種法律および司法・警察はいらんのじゃ!」


 説教するために詰め寄るなり、チュチュ君が降参とばかりに両手を挙げた。

 耳と尻尾をペタリと伏せたその仕草は、まるで怯える子犬のごとし。


 こんな哀れなかっこされたら、怒るに怒れないよ……。


「敵に詰め寄られたら、身を縮ませつつ自然に手を上げて首を守る……」

「ん? なんか言った?」


 次の瞬間、チュチュ君が蹴ってきた!?


「守りを固めたら、即座に股間蹴り!」


 股間をッ!


「はうッ!?」

「敵が怯んで前かがみになったら、すかさず髪の毛を掴んで前に引き倒すっ!」


 頭髪を掴まれるなり、乱暴に地面に倒されたッ!


「トドメに思いっきり顔面を蹴るか、踏み潰すかしてくださいねっ★」


 次の瞬間、目の前にチュチュ君の靴底がッ!


「ひぃ!」

「だ~いじょうぶ! 寸止めですよぉっ! 訓練なんでっ★」


 チュチュ君、なんてやつだ……!

 かわいい顔と釣り合わない凶悪なスパルタさで、身をもって暴力を教えてくるぞ!


「これが実戦なら、顔を踏み抜かれて鼻血と涙が止まらなくなってぇ、息もできなくなります。で、そのあとはぁ~……良くて、殺害。悪くて、おもちゃですぅ★」


 にっこり笑顔には、まったく似合わない物騒なセリフ……!


「チュチュ君……君は、美少女の皮をかぶった化け物だよォッ!」


 戦闘を教えてくれるっつーから、素直に教えを乞うていたのだが……。


「こんなかわいい女の子に、なんて言い草ですか! めっですよっ!」


 さすがに、この圧倒的な狂気と暴力は、かわいさで誤魔化せないッ!


「めっ、ですよ。滅っ★」

「なにを滅するつもりなの!? やめて、こわいッ!?」


 自分から教えを乞うた身ではあるが、凄惨な暴力にはもう耐えられない!


「するか……」

「なにをですかぁ?」



 これは、ゲームでの話なのだが……。


 学園編のストーリー後半にて、チュチュはペヨルマに対して非常に強い嫌悪感を抱いていたことが露見する。


 そして最後は、主人公と手を組み、ペヨルマを追い詰めて殺・害……ッ!



「反撃なら、いつでも『ばっちこい!』ですよっ★」


 もしや……戦闘訓練の名目で、一足お先に俺を殺すつもりなのかもッ!

 ちきしょう! 本編が始まる前に殺されてたまるかッ!


 破滅ルートは、全力で回避だァッ! 


「なんだあれ!」

「へえ?」


 フェイント的なやつをかまして、逃げる!


「逃走ッ!」

「逃走じゃなくて、闘争してくださぁーいっ!」


 はうあ!

 全力で逃げたのに、秒で追いつかれたッ!?


「あはは! 坊ちゃま! 鬼ごっこですかぁ?」


 ケモ耳美少女との追いかけっこ。ほんま素敵やん。

 男だったら誰しもが憧れるシチュエーション。 

 いや~、本当に異世界っていいですねぇ!


「捕まえたら、血反吐を吐くまで殴りますから、逃げ切ってくださいねーっ★」

「ひいいッ! 誰か助けてぇぇぇーッ!」


 両手を広げて飛行機みたいして走るご機嫌のチュチュ君が、『シュバババッ!』みたいな物騒な足音を立てて追撃してくるッ!


「てててのてーっ★ ほらほら、捕まえちゃいますよぉーっ★」


 可愛い笑顔と愉快な効果音でも、まったく誤魔化せない恐怖が迫るッ!

 チャームポイントのふさふさのケモ耳とふわふわの尻尾が、今ではかわいさ要素ではなく血に餓えた猛獣的なホラーポイントになっているッ!


「や、やっぱり……訓練中の事故に見せかけて、俺を殺す気なんだァーッ!」

「わあっ!? 被害妄想がすごぉーい★」


 やたらと可愛い顔と、ふにゃふにゃと間延びしたのんびりボイス……からは想像つかない剛にして暴の者・チュチュ――。


 チュチュ君……まんがタイムき○ら版プレデターとも言える危険な存在だ! 


「妄想じゃない、実際に被害を受けたのッ! 誰か、大人の人呼んでえええッ!」

「ハイっ、ハ~イっ! わたし、もう大人でぇすっ★」 


 親しくなって距離が近づいたからだろうか、ゲームで知ってるキャラと違う!

 可愛いのはいいけど、物騒なのは嫌だッ!


「坊ちゃま、つぅ~かまえたっ★」

「ぎええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」


 こ、こんなところで、ゲームオーバー……ってこと!?

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