第7話 飛び跳ねし高機動型デブとメイド
「このステーキって、魔物の肉、つまり……『魔肉』なのッ!?」
「まっさか~! 坊ちゃんの召し上がられたお肉は、『鹿』のお肉ですよ~っ★」
「ほっ。よかった……! 一安心」
得体の知れない魔物じゃなくて、元いた世界でも食べられていた鹿で。
「魔鹿」
は?
「マジカ? 魔の鹿、つまり、魔物の鹿……ってこと?」
「いいえ~。間近にいた鹿で、『まじか』ですぅ★」
チュチュ君が、いらずらっぽく笑った。
やだ……謎の肉への疑惑および恐怖を、かわいいで殴って黙らせてきた!?
「間近にいた鹿って、なんなの……? こわいよ……」
「怖くありませんよぉ~★ お屋敷の裏山にいる鹿ですっ! 坊ちゃまはこのお肉がお好きで、いつもお食べになっているじゃないですかぁ~?」
くっ! ペヨルマの話を持ち出された!
ここであんまり騒ぐと、俺の正体を怪しまれて面倒なことになるから、黙る他ない……!
「そうですよね? 『坊ちゃまの好物』ですよね……っ?」
やめろ! 「あれれ~? おかしいぞ~っ!」みたいな顔をしないでくれ!
クソ! 謎肉の正体を解明したいが、今は分が悪い……。
「そ、それより! ひょっとしてだけど……チュチュ君は、狩りができるのかい?」
これ以上、謎肉で揉めても仕方がないので、話題を変えた。
あと、食うのもやめた。こわいから!
「できますっ! 食卓のお肉は、わたしがいつも狩った獲物なんですよっ!」
「女の子が狩りなんて、凄いね……でも、危なくないのかい?」
「えへへ! こう見えて、わたしって強いんですっ★ その辺の魔物なんかやられませんよ! 魔物はやっつけて、お肉にしちゃいますっ!」
チュチュ君が大きな胸をえっへんと張った。
だが、気になるのは大きな胸でも可愛い仕草でもない!
「今、『魔物をお肉にする』つったよね!? この肉やっぱり、魔物肉なんじゃないのォッ!?」
「獲物って言いましたよぉっ! 魔物じゃないですっ! 獲物ですよ、え・も・のっ★」
ほ、ほんとかよ……やたらと強調してくるのが、怪しいのだが……。
こやつ、今までの嫌がらせの仕返しで、俺を弄んでいるんじゃないのか……?
まったく、俺はペヨルマじゃないんだぞ!
「ぐぬぬ~……!」
でも、言いたいけど言えない! 正体がバレるかもしんないから!
「んもう! わたしを信じてくださいよぅ! メイド、嘘つかないっ!」
俺が自分の状況に苦悩していたら、チュチュ君は何かを勘違いしたっぽい。
「ぐすん。疑われるの、悲しいです……わたし、坊ちゃんの専属メイドなんですよ……?」
困ったようなへの字眉毛に、こちらを見つめるうるうるとした上目遣い……。
「ご、ごめんよ! チュチュ君を信じる……悲しませて、すまなかった!」
こんなん! かわいいから、不問にせざるを得ないじゃないッ!
「それはそれとして」
「ほよ?」
「なんで、そんなに強いの?」
「うーん……丈夫に生まれたから? でしょうか~★」
はうあ!
よく見ると、メイド服の白いエプロンに赤黒い血痕が……ッ!?
それ見た瞬間、「ズキュン!」って、胸がキックされた感じになった。
おそらく、殺された鹿の恐怖をサイコメトリーしたか、本能的恐怖で神経やられた……!
「えへへ! わたし、お料理・洗濯に狩りもできる万能メイドなんですっ★」
でも秒で、かわいいによって不穏を押し流された。
「す、すごいなぁ……チュチュ君って、なんでもできるんだ!」
「坊ちゃまが何もしないので、何でもできるようになりましたっ★」
かわいい仕草で、皮肉をチクリと刺されたのか?
まあ、言われたのは、ペヨルマであって俺じゃねぇけど!
「それより、坊ちゃま」
「なに?」
「最近、運動を頑張っておられますけど、痩せるためだけにしては過酷すぎませんか?」
不穏ながらバカっぽい謎肉の話から、いきなり核心をついてきたな……。
「そうかなぁ?」
「そうです」
う~ん……仲良くなったつっても、まだまだ主とメイドの関係だしなぁ。
俺の置かれている常人には理解不能なわけわからん状況を腹割って話せるか、つったら……話せないよねぇ。
ドン引かれるか、なんらかの精神病を疑われるだろうし……。
「今から、だいたい一年後に『王立魔法武術学園の入学テスト』があるでしょ?」
「はい」
「それを踏まえたうえで。見たまえ、どうだい俺のこの体は?」
「デ……少々お太りになっていますね」
「率直にデブって言っていいよ。事実だからね」
チュチュ君は何も言わなかった。気遣いができるメイドだ。
「俺は、デブすぎて動けない。ちょっと前まで走るのもキツかったんだ。こんなに太ってたら、テストの合格どころか、学園に到着できるかも怪しいからね。だから、無理してでも運動して、痩せなきゃならないってワケ」
「痩せるためにしては、無茶苦茶な運動の仕方じゃないでしょうか?」
「仕方ないよ、入学テストまで時間がないからね。今ぐらいから本気で運動して痩せないと間に合わない。それに、痩せるだけじゃダメでしょ?」
「はい。入学テストは実技もありますからね」
「その通り。だから、減量しつつ、心肺機能と持久力と筋力を同時に向上させるためには、今の『がむしゃらむちゃくちゃ走り込み特訓』が最も理に適っているのさ!」
わざわざ言われなくとも、無茶なやり方なのはわかっている。
だが、元いた世界と違って、ここはゲームの世界。
一口飲めばたちまち体力が回復する『ポーション』っていう便利なアイテムがある。
ポーションを用いた限界突破のハードすぎる有酸素運動と筋トレで、一気に体脂肪を燃やし、肉を大量に食らって筋肉を増やすのだ!
「チュチュ君から見たら、おかしなやり方かもしれない。でも、俺のやり方で成果はちゃんと出ているよ」
それを証明するために、俺は勢いよく椅子から飛び上がった!
「わあっ!? 坊ちゃま、ジャンプができるようになったんですねっ!」
「おうよ! 今の俺はかつての動けないデブじゃなく、『動けるデブ』になっているからね! ただのデブじゃないのだよ、ただのデブじゃ!」
ゲームの知識を使ったとはいえ、怠惰で不摂生なデブを数日で高機動型デブに仕上げた俺は、自画自賛していいレベルの名トレーナー兼プレイヤーだと言える。
「このまま脂肪を減らして筋肉を増やせば、動けるだけじゃなく戦える体に――」
「あ、あの……僭越ながら、ここまでのお話を聞いて思ったことを言ってもよろしいでしょうか……?」
チュチュ君が、小さく手を上げてアピールしてきた。
「なんだい? そんなかしこまらずに、ざっくばらんに言ってくれよ」
「坊ちゃまは連日の走り込みのおかげで、持久力と耐久力……あと謎の跳躍力はすごく良くなったみたいなんですけれども……」
「けれども?」
「それだけのおデブです」
おずおずしてたチュチュ君が、いきなりぶっこんで来た。
「なんだい、君は急に! 主を愚弄するのかねっ!?」
俺は高機動型デブであることを見せつける様に、高くジャンプした。
「見よ、この軽やかさを! 俺は、ただのデブではない、高機動型デブだ!」
「かっこつけても、デブがただ飛び跳ねてるだけです。飛び跳ねるデブです」
「なにぃっ!? だ、誰が、飛び跳ねるデブでぃっ!
「怒ってみても、ただ面白いだけです。それじゃあ、入学テストには合格できませんよ」
チュチュ君の正体見たり!
従順なケモ耳メイドとして知られるチュチュ君の本性は、主に逆らう駄犬のような女だったのかあっ!
「なんだい、君はさっきから!? 文句ばっかり言って! どういうつもりだい!?」
無礼者の正体を表したチュチュ君が、にっこりと百点満点のスマイルで笑う。
「俺の冴えた方法以外で、入学テストに合格できる術を知っているなら、遠慮なく言ってみたまえ!」
「いいでしょう。このわたしが『入学テストに合格できる術』をお教えしましょう」
とりあえず、もう一回ジャンプした。
「なにぃッ!? 生意気言いやがって! いったい、なにを教えるつもりだッ!?」
そしたら、チュチュ君もジャンプしてきた。
「戦闘ですっ★」
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