第2話 焼き魚と魔王


 昼下がりの森は、木漏れ日できらきらしていた。

 川のせせらぎが近くで聞こえて、空気が少しひんやりしている。


「魚でも焼いて食べようか」

 私は腰までの赤髪をざっくり結びながら、川の中へ足を突っ込む。

 水の冷たさに足先がぴりっとした。

 けれど、今はそれもまた心地いい。


 シバは岩の上にちょこんと座って、じっと私を見ていた。

 灰色の髪が風に揺れて、大きな角に被さっている。

 うん、それにしても大きな角だね。


「魚、にがて……」

「大丈夫、焼けばおいしいよ。 というか、ここじゃ他に食べるものないし」


 私は軽く手を振って、水の中の影をとらえた。

 指先から魔力を流す。

 すると、水中に微弱な電気が流れ、近くにいた魚達が動かなくなる。

 私はそれを片っ端から素手で拾い上げた。


「ほら、朝食兼昼食兼夕食だよ」

「なんか、いっぱいだね……」

「うん、でもこれくらいないと大きくなれないでしょ? 子どもだし」

「……ぼく、もう子どもじゃない」

「はいはい、そういうことにしておこうね」


 シバはむくれて口をとがらせた。

 ふふ、かわいいとこあるじゃない。


 私は川原の石を拾ってきて、簡単なかまどを作る。

 乾いた枝を集めて火をつけると、ぱちぱちと音を立てて燃え始めた。

 魔力の炎で調理するのは簡単だが、あえて手間をかけるのも悪くない。


 私は腰のバックから塩のビンを取り出し、太陽にかざす。

 よかった、中に水は入ってない。


 塩をかけた魚を火にかけてしばらくすると、辺りにいい匂いが漂い始めた。

 


「マリー、これなに?」

「ん、これはかまど。 料理だけじゃなくて、焚き火にも使えるよ」

「ちがう、このにおい」

「ああ、魚の焼けるにおいだよ。 美味しそうな匂いでしょ」

「へぇ……」


 シバは火をじっと見つめていた。

 その目が少し切なく見えたのは、気のせいだろうか。


「ねえ、マリー」

「ん?」


 ふと、シバの声色が変わった。

 焚き火の爆ぜる音が止まり、森が静まり返る。

 金色の瞳が夕暮れの川辺で怪しく光った。


​「ぼくね、もともと魔王なんだ」


 ​幼い見た目とは裏腹な、底冷えするように強く巨大な魔力。

 普通の人間なら、出会った瞬間に腰を抜かして命乞いをするレベルだろう。

 まあ、それでも私の魔力の半分以下ではあるんだけど。


 私は気にせず魚を焼き続けた。

 そろそろ言うかなと思っていたから。


「あー、やっぱり」

「……え?」

「魔力の感じでわかるのよ、正確には魔王の中身がシバだったのかな。 まあ、そこまで結び付いたのは魚を焼き始める直前だけどね」


 シバは驚いたように目を丸くして、火に照らされて小さく瞬いた。


「怒らないの?」

「なんで?」

「だって、マリーたちの国を襲ったの、ぼくなんだよ」

「うん、まあ、よくあることだから」


 「あるの?」と問いかけるシバに微笑みながら、私は焼きあがった魚をひっくり返す。

 脂がじゅっと音を立てた。


「人間も魔族も、誰かに言われて戦うしかないときがあるの。 でも今、あんたは違うでしょ? 今はもう魔王じゃなくて、ただのシバだよ」


「……でも、ぼく」

「水に流そう。 川だけに」


 シバがぽかんとした顔で私を見る。

 ちょっとウケたような、理解できてないような表情。

 まあ、いいか。


「ほら、食べな」

「……うん」


 彼はおそるおそる魚をかじる。

 少しして、もぐもぐと口を動かす。

 どうやら気に入ったようだ。


「おいしい」

「ふふ、でしょでしょ。 聖女特製の焼魚だから思い切り堪能してね」


 私はそう言って焼魚にかぶりつく。


 皮はパリパリで、白い身はふわふわ。

 噛むとジュワッと脂が溢れ出し、塩だけの素朴な味付けが食欲を掻き立てる。


「んんー! やっぱり清流の魚は臭みがなくて最高!」


 身悶えしている私にシバが恐る恐るといった様子で尋ねてくる。


「マリー、せいじょって、なに?」

「ん、昔の私の肩書きだよ。 今はただの滝に落とされた人」

「聖女は滝に落とされるの? ふしぎだね」

「うん、自分でもそう思う」


 私たちは、焼けた魚と森の木の実を並べて、小さな晩ごはんを楽しんだ。

 シバは何度も「これおいしい」と言いながら食べていた。

 なんだかんだでほとんど彼が食べてしまったけど、最後にちゃんとごちそうさまが言えたからヨシとしよう。


 空の赤が少しずつ弱まり、やがて群青に変わっていく。

 木々の間から小さな星がのぞき始めた。


「暗くなってきたね」

「うん……ねむい」

「そっか。 じゃあそろそろ寝るか」


 私は木の根元に、魔力で軽い防護の結界を張る。

 シバはその中に丸まって、あっという間に寝息を立てた。

 まるで子猫みたいだ。


 私はその横で、空を見上げた。

 星がたくさん見える。

 お城やその下の街の喧騒の灯りの中では、こんな空は見えなかった。


「うん、自由だ」


 ぽつりと呟く。

 シバが小さく寝返りを打つ。

 私は彼の頭をぽんと撫でた。


 もう誰かのために祈る聖女じゃない。

 滝に落とされて勇者パーティーの聖女は死んで、これから私の新しい人生が始まる。


「……のんびりいこう。ね、シバ」


 勇者パーティーは今ごろヒト族と魔族の領地の境界あたりだろうか?

 関所の通行許可証は全部私のカバンの中なんだけど、あいつら通行許可証の存在自体を忘れてそうだな。

 まあ、カバンごと滝に落としたのは勇者なんだし、関所を通れなくても自業自得だよね。



 風がそよいで、草の音がした。

 小さな焚き火の明かりが、夜の森にゆらゆら揺れていた。

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