勇者に滝から突き落とされた聖女ですが、実は最強だったので無傷で生還しました。現在は拾った元魔王の少年と森でスローライフを満喫中です。え、私がいなくなって王都が壊滅寸前!?

鈴木となり

第1話 滝つぼからこんにちは


 滝の音って、意外と静かなんだよね。

 いや、うるさいはずなんだけど、いざ自分が落ちてる最中は頭が現実を処理しきれなくて無音になる。

 白い水煙の中で、私はただ思った。

 あーあ、ほんとに突き落とされたか。



 魔王討伐の帰り道。

 勇者パーティーの仲間たちは、それぞれ王都へ凱旋する準備をしていた。

 国は平和になって、もう戦う理由なんてなかった。

 ……はずなのにね。






「マリー、少し時間あるか?」


 いつもより妙に優しい声。

 勇者レオンは滝の縁に立って、私を呼んだ。

 夕日が滝の水に反射して、金の髪が光ってる。

 絵的には完璧だ。

 中身がアレじゃなきゃ、ね。


「なに? 2人で思い出を語らいながらの滝見物? ロマンチックだねぇ」


「そうだな。 お前と、最後に話がしたかった」


「最後って何その言い方。 もしかして、おまえはクビだってやつ?」


「いや、違う。 お前はここで始末する。 この最強の封印でな!」


「はい?」


 私が瞬きをする間もなく、彼の手の中に光る宝玉が現れた。

 名前は『神封珠』だっけ?

 魔王の魔力すら完全に封じると言われた禁断の神具。

 あれ、教会の地下に封印してたやつじゃなかったっけ。

 まさか盗んだの? このバカが?


「……何やってんの、レオン」


「お前がいる限り、俺は勇者でいられない。

人々は讃えるのは俺じゃなく、いつもお前だ。 聖女マリーこそ真の英雄だってな。 王もエリザも、皆、お前の話ばかりでウンザリなんだよ!」


「お前がいてはダメなんだ! おまえがいる限り、人々は俺じゃなくお前を讃える」


「あー、もしかしてあのドラゴンの時の話? レオンが震えてる間に私が街に結界張って、ドラゴンも消し飛ばしたやつ?」


「ぐっ、言わせておけば! いや、魔王戦はもっとひどかった! 俺が剣を抜く前におまえは……ッ!」


「ごめんごめん、あまりに隙だらけだからつい先に撃っちゃって。 まあ、形式上は勇者の功績ってことになったし、そんなに気にしなくていいんじゃない?」


「黙れ!」


 彼の声が裏返る。

 滝の風が髪を乱し、私は目を細めた。

 

 たぶんあの子だろうな。

 勇者パーティーの踊り子であるエリザ。

 戦闘ではほとんど役に立たない、というか何もしないけど、笑顔と口だけは一級品。

 こいつ、いいように使われたな。


「聖女は裏で魔王と通じていた、そうすればすべての栄光はあなたのもの――そんな感じでエリザに丸め込まれた?」


 レオンの目が、かすかに揺れる。

 うん、図星だね。

 私は苦笑して肩をすくめた。


「はぁ、ほんとチョロい男ね、勇者様って」


「うるさいっ! 王都に戻ればお前の裏切りが公表される。 その前に……ここで消えてもらう!」


 宝玉が光を放った。

 焼けつくような痛みが体を貫く。

 魔力が封じられ、全身が急激に重くなる。

 それでも、私は笑って言った。


「ほんと、悪役やるならもうちょいセリフ練習しなよ……」


「マリーッ! おまえはっ……」


 ドンッという音と共に肩を強く押される。


 レオンが何か叫んだが、もう聞こえなかった。


 背中に冷たい風。視界が反転し、滝の下へと引きずり込まれる。

 音が消え、光が遠ざかる。


 でも、私の心に浮かんだのは恐怖じゃなかった。


​(これで明日から、あの馬鹿勇者の介護をしなくていいんだ)


​ 圧倒的な解放感と共に、私は滝つぼへと吸い込まれていった。





 滝の底は、思ったより静かだった。

 水の中にいても、息はできる。

 封印されてるはずなのに、魔力の感覚もわずかに残ってる。

 どうやら神具の方がスペック不足らしい。


「最強の封印ねぇ……相変わらず、詰めが甘いなあ」


 泡を吐きながら、私は笑った。

 レオンは結局、最後まで勇者らしくない勇者だった。

 力もないのに、プライドだけは高くて。

 努力もしないくせに、周りの評価ばかりを気にしてた。

 ……だから、エリザの甘い声に簡単に堕ちたんだ。


 それに比べて、私は聖女らしくない聖女。

 祈りよりも魔法理論。

 慈悲よりも効率重視。

 誰にも言ってないけど、ついでに転生者。

 その結果が魔王もドラゴンも一撃で葬り去る最強の聖女様。

 そりゃ人間やめてるって言われても仕方ない。




 魔王との戦いを思い出す。

 あれは笑っちゃうほど一瞬だった。


「天空魔法レベル10『聖光天絶』」


 その一撃は空が裂き、魔王は跡形もなく消し飛んだ。

 レオンの聖剣は1度も振るわれることなく勝負がついてた。

 勇者も、僧侶も、踊り子も、みんな呆然としてた。


「……マリー、すげぇ……」


 そう言ったレオンの目に浮かんでたのは尊敬じゃない。

 あれは、恐怖だった。

 







「……まあ、しゃーないか」


 私は水の中でくるりと身体を回して上を向いた。

 泡に光が反射してきれいだった。

 滝の音が遠のき、流れが穏やかになる。

 ふわふわ漂う感覚が気持ちよくて、水の中なのに欠伸が出た。


「神具で封印されても死なないとか……そろそろ神様に怒られそう」


 ……まあ、気まぐれで私をこの世界に転生させた神様になんて、怒られてもたぶん無視するんだけど。

 


 流れに身を任せ、私はゆっくりと下流へ流れていった。

 滝の底から続く川。

 木漏れ日が水面を揺らしてる。

 なんか、もうこのままずっと漂ってるのもいいかなって気すらしてきた。




 やがて水の流れが緩やかになり、私は岸辺に打ち上げられた。

 泥と草の匂い。

 太陽の光がまぶしい。

 赤い髪がぺったり張りついて、聖女の威厳なんてどこにもない。


「……あー、もうベトベト。 でもまあ生きてるんだし、いっか」


 服の裾を絞りながら、私は空を見上げた。


 勇者パーティー?

 さっき引退したよ。

 後はあんたたちで勝手にどうぞ。

 私は私の人生をやり直すだけ。


「とりあえず、飯かな……」


 そう呟いて歩き出したとき、視界の端に何かが見えた。

 川の中、岩に引っ掛かっている小さな影。

 灰色の髪と、羊みたいな角。


「……ん?」


 近づいてみると、それは小さな男の子だった。

 服はぼろぼろで、体中傷だらけ。

 息が浅く、冷たい水の中で揺れてる。


「おいおい……こんな小さいのに」


 私は彼を引き上げ、地面に寝かせた。

 封印がまだ少し残ってるけど、治癒魔法くらいなら使える。

 手をかざし、ほんの少し光を流す。


「……生きてるね。よかった」


 少年の瞼が、かすかに動く。

 金色の瞳がゆっくりと開いた。


「……だれ?」


 か細い声。

 私は一拍おいて、口角を上げた。


「滝に落とされて流れてきた人です」


「……?」


 ぽかんとする少年の顔に、思わず笑ってしまう。


「ま、気にしないで。 きみこそなにがあったの?」


「……わかんない。 ぼく、いらないって言われた」


「……へぇ。 物みたいに捨てられたんだ、嫌なやつらだね」


 私は軽くため息をついて、彼の頭をぽんと撫でた。

 角の根元が温かい、生きてる証拠だ。


「じゃあ、いらない者同士、仲良くしよっか」


「……?」


「私も滝から捨てられたし、きみも誰かに捨てられた。 ほら、おそろい」


 少年は一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


「変な人……」


 その笑い方はどこか不器用で、でも妙に可愛かった。


「……ぼく、シバ」


「私はマリー。 元聖女で、今は漂流民」


「ひょうりゅう……?」


「うん、流されて生きてる人。要するに、テキトーってこと」


 シバは小さくうなずいて、私は立ち上がる。

 泥だらけの服を払い、手を差し出した。


「さ、まずは腹ごしらえよ。お腹空いてるでしょ?」


「……うん」


 小さな手が、私の手をぎゅっと掴んだ。

 川面を渡る風が涼しい。

 遠くでごうごうと唸る滝の音が、もう別世界みたいに聞こえる。


「さて……、聖女引退後のスローライフ、始めますか」


 私は笑いながら歩き出した。

 滝の下から始まる、私とシバのテキトーな新生活の第一歩だ。


 でも、このときの私はまだ気づいていなかった。

 私の隣を歩く男の子が、いつぞや一撃で吹き飛ばした魔王の中身だということに。



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 たきつぼ聖女を読んでいただきありがとうございます。


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 いけるところまで毎日更新していきますので、よろしくお願いいたします。

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