第3話 住むなら丘の上がいい
川辺の朝。
気持ちいいくらいに、空が青かった。
川の音がさらさらと聞こえて、風が葉っぱの間をすり抜けていく。
私はごろりと寝返りを打って、大きく伸びをした。
「ふぁ〜、解放感〜〜〜」
ああ、なんだろうこの感じ。
国の神殿でも、勇者パーティーでも、こんな朝はなかった。
誰も「聖女さま」なんて呼んでこない。
起きて最初の仕事が「祈り」じゃないってだけで果てしない自由を感じる。
隣ではシバが小さく寝息を立てていた。
体を丸めて、角だけがぴょこんと見えている。
見た感じ……7歳?
いや、ちっこいし6歳くらいかな。
あれで「元・魔王」って、魔族もブラック職場すぎない?
駆動兵器みたいな魔王に子どもを押し込んで国の命運背負わせるとか、どこの地獄だ。
うん、中身だけ転送魔法で逃がしといてよかった、ほんとに。
私は木の実を拾い、昨日の残りの枝を燃やして簡単なスープを作った。
木の実とキノコのスープ。
ちょっと渋いけど、香りは悪くない。
「シバ、起きてー。朝ごはんだよ」
「……ん。あさ?」
「そう。朝。太陽出てるやつ」
「まぶしい……」
寝ぼけまなこのシバにスープを渡すと、彼はちょっと顔をしかめた。
けど、ひと口すすったら、また止まらなくなった。
「おいしい」
「ほんと? やった」
「これ、きのこ? まえの場所では食べたことない」
「そりゃそうか。魔王だもんね。誰もキノコなんか出してくれなさそう」
「……うん。なんか魔法の薬みたいなのばかり飲まされてた」
「ふーん、なら絶対こっちの方がおいしいね」
私はスープを飲みながら空を見上げた。
雲がゆっくり流れていく。
「さて、ちょっと空から様子見てくるわ」
軽く詠唱して体に魔力を流す。
ふわりと浮いて、木々の上をすべるように飛んだ。
森は思ったより広い。
でも、その奥に――見つけた。
丘の上に、少しだけ開けた土地がある。
陽の当たりもいい。
「よし、今日の目的地決定」
地面に戻ると、シバが目をぱちぱちさせていた。
「とんでた」
「うん、たいしたもんじゃないよ」
「ぼくも、とべる?」
「努力すればいずれはかな。 でも、今は歩こう。 歩いた方が楽しいよ」
シバは小首をかしげる。
私は笑って続けた。
「あんまり魔法使うと退屈になっちゃうの。 ちょっと不便な方が生きてるって感じするんだよ」
そう言って、私はシバの手を取って森の中を歩き出した。
木々の間を抜ける風が気持ちいい。
草の匂い。鳥の声。足元の湿った土。
どれも懐かしいような、初めてのような感覚だった。
「マリー、あれなに?」
「ん? あー、あれは――」
私は目を細めた。
少し先の茂みが、不自然に揺れている。
出てきたのは、大きな猪みたいな魔物だった。
目が赤く光って、牙がでっかい。
体長は三メートル。
魔力もそれなりにあるし、森のボスみたいな存在だろう。
「ひぇっ……」と、シバが後ずさる。
「ん、大丈夫」
私は軽く息を吐いた。
腰のあたりで右手をぐっと握る。
次の瞬間――
ドンッ! という音とともに、猪魔物が吹っ飛んだ。
木に激突して、そのまま動かなくなる。
「はい、ワンパンです」
私は手をぱたぱたと振る。
少し土がついたけど、それだけ。
「マリー、いまの……」
「うん、ちょっと殴っただけ」
「ちょっと……?」
シバが目を見開いて、口をぱくぱくさせている。
この反応、なんか新鮮。
「や、やっぱり魔王より強い……」
「ふふ、シバも大人になったらこれくらいわけないよ」
私は手際よく猪を解体し、肉と毛皮を収納魔法に放り込む。
しばらく歩くと、木々がまばらになり始めた。
丘の上に、あの開けた土地が見えてきた。
陽がよく当たって、風通しもいい。
うん、ここなら住めそうだ。
「よし、今日からここを拠点にしよう」
「きょてん?」
「小屋を作るの。 つまり、私たちの家ね」
「ぼくたちの……」
私は両手を軽く構えた。
森の端に生えていた太い木を見つめる。
「よいしょ」
――ミシミシミシ。
根元が音を立てて、木がぐらりと傾いた。
そのまま、ぼとん。
倒した木を抱えて丘まで持ってくる。
大木を、小枝でも持つみたいに。
「マ、マリー……」
「ん?」
「こわい……」
「あ、ひっどいなー。 2人の家を作ろうとしてるのにー」
私は笑いながら木を並べた。
基礎の形を整えようとしたそのとき――。
「……あれ?」
地面の端、草むらの影に黒い穴があった。
直径一メートルくらい。
中から、ひんやりとした風が吹いてくる。
覗き込むと、石でできた階段が下に続いていた。
明らかに自然のものじゃない。
「マリー、それ……」
「ダンジョン、だね」
私は腕を組んで唸る。
この森の奥に、まさかこんなものが。
「住む場所、選び間違えたかも」
「でも……ぼく、こういうのすき」
「え、そうなの?」
「なんか、ひみつの場所って感じがする」
「……確かに」
私は笑って、黒い穴の中を見つめた。
どこかで水の滴る音がする。
「とりあえず、壁と屋根を作っちゃおうか。 ダンジョン地下室付き一戸建て、なかなかいい響きじゃん」
「へんなの……」
「ふふ、変だね。 でも、ちょっと変なくらいが面白いんだよ」
ダンジョン付きの家なんて思ってもみなかったな。
今日は家作りのつもりだったけど、シバが疲れてきたら気分転換に中に入ってみてもいいかも。
私はこれから始まる新生活に胸を踊らせながら、1本目の柱を地面に突き刺した。
シバはさっきみたいに怖がらずにすごいと拍手をしてくれた。
小高い丘に柔らかな風が吹き、緑の木々ががざわざわと揺れていた。
同じ日の夜、王都へ向かう街道にて。
「ああっ、毎晩毎晩虫にまとわりつかれてもうウンザリだ!」
勇者レオンは剣を振り回していた。
関所を通れずに遠回りしたことで毎晩野営を余儀なくされたのだが、蚊や羽虫がまとわりついて眠れないのだ。
「エリザ! 虫除けの魔法はないのか!?」
「えぇ〜? そんなのないわよぉ」
「くそっ……じゃあ、なぜおまえのところには虫が来ないんだ?」
「んー、それは虫も高貴な人に引かれちゃうんじゃないの? ほら、勇者様って王子だし」
「それならわからなくもないが…… いや、そもそも前は虫なんて寄ってこなかった! いったいどうなっているんだっ!?」
それはマリーが常に『結界』を張っていたからなのだが、愚かな勇者は気づかない。
当たり前すぎて気づかなかった快適さが失われ、今まで気にも止めていなかった自然が勇者に牙を剥く。
だが、こんなものはまだほんの序の口。
勇者はまだ理解していない。
自分達が手放したものの大きさを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます