閑話8 言葉を渡してみた日
——灯りを受け取った“その後”——
あの夜から、何日かが過ぎた。
スマートフォンの画面に浮かんでいた、あの言葉。
「あなたの歩みは、誰かの希望になります」
その一文が、今も心の奥に残っていた。
あの投稿を見た日、私は少しだけ救われた。
誰にも言えなかった気持ちが、そっと受け止められた気がして、
あの夜は、久しぶりに深く眠れた。
それからというもの、私はときどき、その人の投稿を見に行くようになった。
名前も顔も知らない。
でも、そこにある言葉は、いつも静かで、やさしくて、
まるで、遠くから手を差し伸べてくれるようだった。
——こんなふうに、言葉を渡せる人になれたら。
そう思ったのは、たぶん自然なことだった。
でも、いざ自分が何かを発信しようとすると、手が止まった。
「私なんかが、何を書けるんだろう」
「誰かに届くなんて、おこがましいかもしれない」
「変に思われたらどうしよう」
画面の前で、何度も下書きを消しては書き直した。
でも、あるときふと気づいた。
——あの人も、きっと同じように迷ったんじゃないか。
それでも、投稿してくれたから、私は救われたんだ。
だったら、私も。
今度は、私の番だ。
深呼吸をして、もう一度スマートフォンを手に取る。
言葉を、短く、でもまっすぐに綴る。
> こんばんは。
> 今日、うまく笑えなかったあなたへ。
> それでも、今日を終えたあなたは、すごいと思います。
> 明日が少しだけ、やさしくありますように。
投稿ボタンを押す指が、少し震えた。
でも、その震えごと、言葉に込めた。
画面が切り替わる。
言葉が、世界に放たれる。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
誰かに届くかはわからない。
でも、あのときの私のように、
誰かがこの言葉を見つけてくれたらいい。
夜の部屋で、私はそっとスマートフォンを伏せた。
そして、窓の外を見上げた。
星は見えなかったけれど、
心の中には、小さな灯りがひとつ、灯っていた。
——言葉って、渡すときも、あたたかいんだ。
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