閑話7 灯りが届いた夜

——ある読者の視点——


 


その夜、スマートフォンの画面をぼんやりと眺めていた。

何かを探していたわけじゃない。

ただ、眠れなくて、指が勝手にスクロールしていた。


 


通知も、メッセージも、特に何もなかった。

けれど、ふと目に留まった投稿があった。

短い言葉だった。

でも、なぜか、目が離せなかった。


 


> 今日、少しだけ迷った人へ。

> あなたの歩みは、誰かの希望になります。

> どうか、自分の声を信じてください。


 


読み終えた瞬間、胸の奥がじんわりと熱くなった。

涙が出るほどではない。

でも、何かが静かにほどけていくような感覚だった。


 


——誰かが、私に向けて書いてくれたみたいだ。


 


その日は、少しだけ泣きそうだった。

誰にも言えない不安があって、

自分の声が、どこにも届かない気がしていた。


 


何かを頑張っているつもりなのに、

誰にも気づかれないまま、ただ過ぎていく日々。

「大丈夫」と言うのも疲れて、

「助けて」と言う勇気もなくて、

ただ、静かに沈んでいた。


 


でも、この言葉は、届いた。

画面越しに、静かに、でも確かに。


 


「……ありがとう」


 


声には出さなかったけれど、心の中で何度も繰り返した。

ありがとう。

この言葉があって、今日を終えられる。


 


投稿者の名前は、見覚えのないものだった。

でも、どこかで誰かが、灯りを込めて言葉を綴っている。

それだけで、世界が少しだけ優しくなった気がした。


 


その夜、スマートフォンを伏せて、

部屋の灯りを消した。


 


暗闇の中で、言葉だけが灯っていた。

静かに、やさしく、心の奥で光っていた。


 


——いつか、私も誰かに言葉を渡せるだろうか。

そんなことを、少しだけ思った。


 


言葉って、誰かの夜に寄り添えるんだ。

知らない誰かの、見えない涙に触れることができるんだ。


 


そして、眠りについた。

灯りを胸に抱いたまま。

少しだけ、呼吸が楽になった気がした。

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