閑話6 言葉を渡す、言葉を受け取る

——美月と彼女の文通——




再会した日の帰り際、カフェ・デ・ソルテの扉の前で、

美月先輩が少し照れたように言った。


 


「また文通、しませんか? 小学生の頃みたいに」


 


彼女は驚いて、それから小さく笑った。


 


「……はい。ポストに入れるの、懐かしいです」


 


互いに住所を交換して、ふたりの文通が再び始まった。

封筒を見つけるたびに、胸の奥がふわりと灯る。

手紙が直接届くようになったことで、言葉の距離がぐっと近づいた気がした。


 


便箋の上に、ペン先が静かに踊る。

美月は、自室の机で手紙を書いていた。

宛名はない。けれど、届けたい相手は決まっていた。


 


「こんにちは。

この前は、来てくれてありがとう。

あの時間が、私にとってとても大切な灯りになりました。

あなたの声を聞けて、言葉がまた息をした気がします」


 


書き終えた手紙を、そっと封筒に入れる。

差出人の名前は書かない。けれど、彼女にはきっと伝わると思っていた。


 


数日後、彼女の家のポストにその手紙が届いた。

封筒を開いた瞬間、胸の奥がふわりと温かくなる。


 


——先輩の言葉だ。


 


彼女は、自室の机に向かって便箋を広げた。

少しだけ緊張しながら、でも確かにペンを握る。


 


「こんばんは。

手紙、ありがとうございました。

先輩の言葉は、静かだけど、ちゃんと届きます。

私も、少しずつ言葉を出してみたいと思いました。

うまく言えないかもしれないけど、続けてみたいです」


 


その手紙が美月のもとに届いたのは、週末の午後だった。

カフェ・デ・ソルテの窓辺で、封筒を開いた瞬間、

美月はそっと笑みをこぼした。


 


——言葉が返ってきた。

それだけで、胸の奥がじんわりと灯る。


 


それから、ふたりの文通は静かに続いていった。

直接会う機会は少ない。

けれど、便箋の中では、少しずつ心がほどけていく。


 


「最近、走ることが少しだけ楽しくなってきました」

「先輩の言葉を思い出すと、足が前に出ます」

「私も、誰かに言葉を渡せるようになりたいです」


 


美月は、彼女の手紙を読むたびに、

自分の言葉が誰かの中で育っていることを感じていた。


 


「あなたの言葉は、もう灯りになっています。

私も、あなたの手紙に救われています。

だから、これからも交換していきましょう。

言葉を、灯りとして」


 


カフェ・デ・ソルテの窓辺には、今日も静かな風が吹いていた。

便箋のやりとりは、まだ続いている。

言葉は、渡されて、受け取られて、また育っていく。


 


そして、ふたりの間には、言葉の灯りが静かに灯り続けていた。

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