第19話 美月のブレンド⑩ 言葉が灯る場所

週明けの昼休み、美月は顧問の先生に呼び止められた。

手には、部誌の最新号が握られていた。


 


「載せたよ。あの文章。

名前は伏せたけど、読んだ子たちがすごく反応しててね。

『言葉に救われた』って声が、いくつも届いてる」


 


美月は、部誌を受け取りながら小さく頷いた。

ページをめくると、見慣れた文章がそこにあった。

便箋に書いた言葉が、印刷された文字になっていた。


 


——紙の上でも、言葉は灯るんだ。


 


放課後、カフェ・デ・ソルテの窓辺で、美月はその部誌を広げていた。

マスターは、静かに豆を挽きながら言った。


 


「言葉が形になると、風の届く範囲も広がりますね」


 


「……はい。

でも、もっと外にも届けてみたいって思ってるんです。

校内だけじゃなくて、まだ見ぬ誰かにも」


 


マスターは頷いた。


 


「それは、あなた自身が灯りを持ち始めた証ですね。

言葉を渡す場所を探すのも、大切な旅です」


 


美月は、スマートフォンを取り出した。

SNSのアカウントを、そっと開いてみる。

まだ何も投稿していないけれど、名前だけは登録してあった。


 


——言葉を届ける場所。

それは、誰かの手元かもしれないし、画面の向こうかもしれない。


 


その夜、美月は初めての投稿を下書きした。

まだ公開はしない。

けれど、言葉を綴る手は、少しだけ確かだった。


 


「こんばんは。

この言葉は、誰かの夜に灯りをともすためのものです。

今日、少しだけ迷った人へ。

あなたの歩みは、誰かの希望になります。

どうか、自分の声を信じてください」


 


投稿ボタンの手前で、美月は指を止めた。

そして、そっと保存を押した。


 


「……もう少しだけ、言葉を磨いてみよう」


 


カフェ・デ・ソルテのカップには、やさしい香りのブレンドが注がれていた。

エチオピアの華やかさと、ブラジルの穏やかさ。

誰かの心に寄り添う、静かな一杯。


 


「どうぞ。言葉を探す人のためのブレンドです」


 


美月は、カップを手に取り、静かに口をつけた。

胸の奥に、灯りがひとつ、またひとつ灯っていく。


 


「……言葉って、誰かの場所にも届くんですね。

まだ見ぬ誰かにも、ちゃんと届くように」


 


マスターは微笑んだ。


 


「ええ。言葉は、灯りを探している人のところへ、必ず届きます」


 


窓の外では、秋の風が静かに吹いていた。

美月は、ノートを開きながら、次の言葉を探していた。

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