第20話 美月のブレンド⑪ 届いた先の灯り
夜の自室。
机の上には、開きかけた便箋と、スマートフォンの画面。
美月は、椅子に座ったまま、じっと画面を見つめていた。
SNSの下書き欄には、何度も書き直した言葉が残っている。
投稿ボタンは、すぐそこにあるのに、指が動かない。
「……誰が読むかわからない。
変に思われたらどうしよう。
そもそも、私の言葉なんて——」
心の中で、いくつもの声が交錯する。
けれど、その奥に、もっと静かで確かな声があった。
——それでも、誰かに届いてほしい。
あのとき、自分が欲しかった言葉を、
今、誰かに渡せるなら。
「……怖いけど、でも……」
美月は、深く息を吸った。
そして、もう一度、下書きの言葉を読み返す。
> こんばんは。
> この言葉は、誰かの夜に灯りをともすためのものです。
> 今日、少しだけ迷った人へ。
> あなたの歩みは、誰かの希望になります。
> どうか、自分の声を信じてください。
読み終えたあと、しばらく目を閉じた。
胸の奥に、じんわりと熱が灯る。
「……届けたい。
この言葉が、誰かの夜に寄り添えたら」
指先が、そっと画面に触れた。
投稿ボタンを押す。
画面が切り替わり、言葉が世界に放たれた。
その瞬間、美月は小さく息を吐いた。
怖さもあった。けれど、それ以上に、静かな解放感があった。
翌日、カフェ・デ・ソルテの窓辺で、美月はそのことをマスターに話した。
「初めて、SNSに言葉を載せました。
誰かに届くかはわからないけど……
今は、届いてほしいって思えます」
マスターは、やさしく頷いた。
「言葉は、見えない風に乗っていきます。
届いた先で、灯りになることもある。
それは、あなたが灯りを込めたからです」
その夜、美月の投稿にひとつの「いいね」がついた。
見知らぬ名前。
でも、そこには短いメッセージが添えられていた。
「今日、少しだけ泣きそうだったけど、この言葉に救われました。
ありがとうございます」
美月は、画面を見つめたまま、しばらく動けなかった。
言葉が、誰かに届いた。
それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「……届いたんだ。
ほんとうに、届いたんだ」
その夜、美月はまたひとつ、言葉を綴った。
今度は、画面の向こうにいる誰かを思いながら。
> こんばんは。
> 今日、少しだけ立ち止まった人へ。
> あなたの歩みは、誰かの希望になります。
> どうか、自分の声を信じてください。
> ——この言葉が、あなたの夜に灯りますように。
マスターの言葉が、ふと胸によみがえる。
「あなたの言葉は、もう誰かの空に灯っています。
そして、また誰かがその灯りを受け取るでしょう」
美月は、そっと微笑んだ。
そして、次の投稿を準備するように、ペンを走らせた。
窓の外では、秋の風が静かに吹いていた。
言葉は、またひとつ、灯りとなって風に乗っていく。
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