第18話 美月のブレンド⑨ 風に乗る言葉


昼休みの校舎裏で、後輩たちが集まっていた。

誰かが持っていた部室ノートを囲んで、静かにページをめくっている。


 


「……これ、誰が書いたんだろう」

「先輩かな。なんか、すごく沁みる」


 


手紙のように綴られた言葉。

名前はなかったけれど、そこに込められた気持ちは、確かに届いていた。


 


「この言葉、部誌に載せたいな」

「うん。もっといろんな人に読んでほしい」


 


その声は、美月の知らないところで風に乗っていた。


 


放課後、美月はカフェ・デ・ソルテでノートを開いていた。

新しい便箋に、またひとつ言葉を綴ろうとしていた。


 


「……誰かの背中をそっと押せるような、そんな言葉を」


 


マスターが、静かに豆を挽きながら言った。


 


「言葉は、風に乗るものです。

誰に届くかは、あなたが決めなくてもいい。

でも、灯りを込めたなら、きっと誰かの空に届きます」


 


美月は、少しだけ笑った。


 


「最近、部室ノートのページが増えてるんです。

誰かが書き足してくれてるみたいで……

もしかしたら、あの手紙がきっかけだったのかな」


 


マスターは頷いた。


 


「言葉は、渡された先で育つこともあります。

あなたの言葉が、誰かの言葉になっていく。

それは、とても素敵な広がりです」


 


その夜、美月は部室に立ち寄った。

ノートのページには、見慣れない筆跡が並んでいた。


 


「私も、走ることに迷ってたけど、あの言葉に救われました」

「誰が書いたか知らないけど、ありがとうって言いたいです」

「私も、誰かに言葉を渡してみたいと思いました」


 


美月は、ページをそっと閉じた。

胸の奥に、静かな熱が灯っていた。


 


——言葉って、こんなふうに広がるんだ。


 


翌日、顧問の先生が声をかけてきた。


 


「美月、あのノートの文章、部誌に載せてもいいか?

後輩たちが推薦してくれてね。

名前は伏せるけど、言葉だけは残したいって」


 


美月は、少し驚いて、それからゆっくり頷いた。


 


「……はい。

誰かに届いたなら、それだけで十分です」


 


カフェ・デ・ソルテの窓辺で、美月は新しい便箋を広げた。

今度は、少しだけ遠くを思いながら。


 


「言葉って、風に乗るんですね。

灯りを込めたら、ちゃんと届くんだ」


 


マスターは、静かに微笑んだ。


 


「ええ。あなたの言葉は、もう誰かの空を照らしていますよ」


 


その言葉に、美月はそっと笑みを返した。

そして、次の言葉を探すように、ペンを走らせた。

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