第17話 美月のブレンド⑧ 灯りを渡す言葉

カフェ・デ・ソルテの窓辺に、秋の光が差し込んでいた。

美月は、便箋を一枚広げていた。

目の前には、彼女から届いた手紙。

丁寧な文字と、まっすぐな気持ちがそこにあった。


 


——言葉って、こんなふうに届くんだ。

静かに、でも確かに。


 


文通が再開してから、美月は少しずつ変わり始めていた。

誰かに言葉を渡すことが、怖くなくなってきた。

むしろ、もっと届けたいと思うようになっていた。


 


「……私の言葉が、誰かの灯りになるなら」


 


そう思ったとき、ふと浮かんだのは、部活の後輩たちの顔だった。

走ることに迷っている子。

進路に悩んでいる子。

誰にも言えずに、黙っている子。


 


美月は、便箋をもう一枚取り出した。

そして、ゆっくりと書き始めた。


 


「こんにちは。

この手紙は、少しだけ先を歩いている私からのものです。

今、何かに迷っていたり、立ち止まっていたりするなら、

どうか思い出してみてください。

あなたが走っていた理由。

あなたが言葉にしたかった気持ち。

それは、きっと今もあなたの中にあります。

誰かの期待じゃなく、自分の声を信じてください。

——あなたの灯りは、あなた自身が持っています」


 


書き終えた美月は、そっと息を吐いた。

手紙は、特定の誰か宛ではなかった。

でも、誰かに届いてほしいと願っていた。


 


その夜、カフェ・デ・ソルテでマスターに相談した。


 


「こういう手紙って、どうしたら届くと思いますか?」


 


マスターは、少し考えてから答えた。


 


「言葉は、渡す形を選びません。

掲示板でも、ノートでも、誰かの手でも。

大切なのは、灯りを込めることです」


 


美月は頷いた。

そして、部室の隅にある小さな箱を思い出した。

「自由に読んでください」と書かれた、先輩たちのメッセージノート。


 


——そこに、言葉を置いてみよう。


 


翌日、美月はそのノートに手紙を貼った。

誰かが読むかはわからない。

でも、誰かの心に灯るかもしれない。


 


放課後、部室に残っていた後輩が、そっとページをめくっていた。

目に留まった手紙を、静かに読み始める。


 


「……なんか、ちょっと泣きそう」


 


その声は誰にも聞かれなかったけれど、

美月の言葉は、またひとつ灯りになっていた。


 


カフェ・デ・ソルテの窓辺で、美月はノートを開いた。

言葉を綴る手が、少しだけ軽くなっていた。


 


「……もっと、届けてみたいな。

まだ見ぬ誰かにも、言葉の灯りを」


 


マスターは、静かに豆を選びながら微笑んだ。


 


「それは、きっとあなた自身の灯りでもありますよ」


 


美月は、そっと微笑んだ。

そして、次の言葉を探すように、便箋をもう一枚広げた。

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