日曜日「すれ違っただけ」
曜日の街は、少し眠たそうだった。
空気はゆるくて、信号の音までのんびりしている。
そんな中で、私の心だけが、ひとりでそわそわしていた。
図書館に行こうか、カフェに寄ろうか。
行き先を決められないまま、
ふわふわとした足取りで歩いていたら――
見覚えのある後ろ姿が、視界の端をかすめた。
「……蒼真くん?」
横断歩道の向こう側。
白いイヤホンをつけて、
リズムに合わせるようにゆっくり歩くその背中。
思わず足が止まった。
声をかけようとして、
喉の奥で言葉が止まる。
彼の世界に、今の私の声は、
きっとまだ届かない。
でも、見ているだけで、
胸の奥がじんわり温かくなる。
すれ違う風が、少し甘くて、少し切ない。
あぁ、もう私――だいぶ重症だ。
帰り道、ベーカリーで買ったクロワッサンを片手に、
スマホのメモ帳を開く。
「今日もすれ違い。でも、見つけられた。」
それだけ打って、保存する。
たった一行なのに、
まるで恋の秘密を隠した日記みたいで、
少しだけ笑ってしまった。
ほんの数秒、すれ違っただけ。
それなのに、心は大きく揺れている。
好きになるって、どうしてこんなに簡単なんだろう。
彼が歩いていただけで、
世界が、少し輝いて見えた。
家に着くころには、
夕焼けが空をオレンジ色に染めていた。
胸の奥に残るのは、
会話もないのに、確かに残った“気配”のぬくもり。
「ねぇ、蒼真くん」
声には出さず、心の中でそっと呼ぶ。
まだ始まってもいないこの恋が、
日曜日の風に乗って、少しだけ甘く揺れた。
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