第8話 デジャヴ
デスブリングの登校初日。
オスロ校長は、校長室の椅子に腰掛け、祈るような格好で、テーブルに肘をついていた。
「い、生きた心地がせぬ…」
残虐非道にて最強の魔法使いであるデスブリングが、生徒に紛れ込んで学園生活を送る。
想像しただけで、胃に穴が空きそうだった。
唯一の救いはデスブリングが何故か正体を隠そうとしている点。
(恐れるモノが何もないデスブリングが正体を隠す理由。正直、まったく想像できぬが、少なくとも表立って騒ぎを起こすつもりならば、そんなまどろっこしい事はせぬじゃろう…)
それはつまり、正体がバレない限り、危害を加えるつもりはないと読み取れた。
「どのみち排除はできぬ存在。生徒たちを守るためにも、事を荒立てないのが正解なのじゃ。…け、決してビビってるわけじゃないぞ」
「何をぶつぶつ言ってるのですか?」
美人秘書のミカエラがいつの間にか校長室に入ってきていた。
「おわ! ノックもせずに入ってくるな! 母親か!」
「ジジイの母親なんて、ほぼミイラじゃないですか。セクハラですよ?」
「いや、お主のほうが酷いじゃろ?」
「ノックはしましたよ。気づかないほど、何を考えておられたんですか?」
「い、いや、別に何にも…」
オキロ校長は、思いっきり動揺した態度で誤魔化した。
「……」
ミカエラはじっとオキロ校長の態度を観察する。
「そういえば、例の新入生が来るのは今日でしたね。結局、あの入学推薦状は本物だったんですね?」
「え? ああ。今日だっけ? 入学推薦状は本物じゃったよ。な~~んも心配はいらぬ」
「……」
再びミカエラは、じっとオキロ校長を観察した。
先ほどよりも眼光が鋭い気がする。
「何か、隠していませんか?」
「ぎくぅ! ななななななんも隠しておらんよ~」
「…あの少年はいったい何者なんですか? 校長が提出された経歴書がやや不自然で…」
「なぬ!」
「どうかされましたか?」
「い、いや。屁が出そうになっただけじゃ」
(デスブリング少年の書類は儂が作成したもの。完璧に偽装したはずじゃのに。ミカエラちゃん、恐ろしい子)
「と、特に問題ないと思うぞ。身寄りのない天涯孤独な少年なのじゃ。だが魔法の才能はある。平等にチャンスを与えるべきじゃ」
「オキロ校長と同じ考えに同意するのは屈辱ですが、そうですね」
「その言葉も酷くね?」
「ですが、やや気になることもあるので、少し調査してもよろしい──」
「駄目じゃ!!」
オキロ校長が机を叩いて立ち上がる。
そのあまりの剣幕に、ミカエラは思わず動揺してしまった。
こんな激しいオキロ校長を今まで見たことがない。
「で、ですが…」
「儂が駄目じゃと言っておる」
「ならば美人秘書を辞めさせてもらいます」
ミカエラは動揺を隠すように毅然と言い放った。
いつもだったら、これでオキロ校長は意志をまげてくれた。
どんな我儘も聞いてくれた。
だが──
「…構わんよ」
ミカエラは心の中で驚きの声をあげた。
ここまで強い意志をもったオキロ校長など見たことがない。
「良いか? ミカエラちゃん。あの少年を疑うことは儂が許さん。全力で見逃すのじゃ!」
****
「失礼します」
ミカエラはいつもどおりの態度で校長室を後にする。
しかし、その頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。
(「全力で見逃せ」ですって? そんな言葉、精神操作魔法にかかった者くらいしか使わないわ。怪しい…)
ツカツカとリズムよく廊下を歩きながら、ミカエラはさらに思考する。
(どうせエロ関係で意気投合して許可したくらいに考えていたけど、それにしては様子が変。この私よりも重要視するんて…)
「うお! ミカエラ秘書だ」
「マジで美人だよなぁ。胸もデカいし」
「校長の愛人なんだろ? ずりいよなぁ」
生徒たちのそんな声が耳に届いてくる。
いつものことなので、特に気にはしない。
(おそらく、コデス少年には何かある。私のキロちゃんに何をしたの? 全力で調べないと…)
*****
一方のコデスは、目がギンギンになっていた。
校門前の大木の陰から、登校している生徒たちをストーカーのように眺めている。
『というか、その顔で学校に行くんですか? 死霊系の魔物みたいですよ?』
「仕方ないだろ? 緊張で一睡もできなかったんだから」
『子供ですか』
デスブリングはふと気配を感じて、振り向いた。
それに反応するように、ひとりの少女が顔を向ける。
お互いにバッチリと目が合った。
黒髪で、地味な雰囲気の両おさげの女生徒。ソバカス顔で、目の周りに赤いクマができている。
なんとなく闇属性っぽい感じだ。
今の寝不足で死霊系の魔物と化したデスブリングと顔的に通じるものがあった。
向こうも目が合ったことに驚いているのか、動きが止まっていた。
(頑張れ、ワシ! ちゃ、チャンスだぞ!?)
デスブリングは自分を励まして、必死に笑顔をつくった。
慣れない者が無理やりにつくった笑顔。
それが寝不足顔とミックスされる。
キモかった。
壮絶にキモかった。
背筋が凍り付き吐き気を催すレベル。
すぐに通報されてもおかしくないだろう。
というか、すでに通報されていた。
女生徒は素早く目を背けると、速足で立ち去りながら、魔術デバイスを操作し、兵士に連絡していた。
「え!? なんで通報すんの!?」
『不明です。敵意は見せていないはずですが』
「ちょちょちょちょちょぉおおお!(ちょっと待ってくれ)」
デスブリングは慌てて大木の陰から飛び出した。
緊張でうまく言葉が出てこない。
血走った目と気持ち悪い奇声を発しながら、女生徒に突進していく。
「え! 追いかけてきた!? マジあり得ないんだけど!」
女生徒はびくりとなって逃げ出した。
「ままままにゃにゃにゃああ~(待ってくれ)」
「いやぁあああ! 追ってくんなぁ~!」
「ごごごごごっごぉおおおお!(誤解だぁ)」
「いやぁああああ!」
『マスター』
ジェミニが警告する。
デスブリングはすぐに足を止めた。
ちらりと気にしながらも他人事のように歩き続ける他の生徒たちの間から、護衛の兵士たちが現れ、あっという間にデスブリングを取り囲んだ。
「来るのが遅いわよ!」
先ほどの闇属性の女生徒が、兵士の陰に隠れながら文句を言う。
「不審者はお前か!?」
兵士たちがずいッと詰め寄ってくる。
『マスター。みんなの注目を浴びてますね。どうします?』
「ふふっ、ふふふふふ!」
デスブリングはジェミニの質問には答えず、気味の悪い笑い声をあげた。
「うわ、キモッ! なんだ、あいつ?」
「やべー奴だな」
デスブリングの態度に、周囲の生徒たちも気味悪く思いはじめる。
「おのれ不審者め! 何がおかしい!」
兵士たちも怒りを露にした。
『マスター?』
「あ、いや…。ぷ~くすくす。お、おもしろいギャグを思いついて…。くっくっく」
必死にデスブリングが言葉にした内容に、みな戸惑った表情となった。
「…試しに言ってみろ」
デスブリングの声を聞きつけた兵士が、警戒しながらも促してくる。
「みんな~!」
デスブリングが大声を張り上げた。
突然の大声に、誰もがデスブリングに視線を注ぐ。
「もう、こっち見んな~って言っただろ!? エッロ~! ぷ~くすくす」
デスブリングだけが笑っていた。
ほかは誰も笑っていなかった。
そうして、デスブリングは再び逮捕された。
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