第7話 コミュ障と忖度

「いい加減なことを言うなぁあああ! これは、かのデスブリングが儂の才能に気づき、譲ってくれたものなんじゃぁああ!」


唾を飛ばしながら我に返ったオキロ校長が叫ぶ。


「そうなのですか? マスター」


「あ、いや。確か鍋敷きに使った本はどうするか聞かれて…」


デスブリングは記憶を辿りながら答える。


「聞かれて?」


「『捨てといて』と心の中で答えた」


「なんで心の中で?」


「いや、ワシはほら何十年も人と会話していないから、急に話しかけられると咄嗟に言葉が出ないのよ」


「コミュ障あるあるですね~」


「ふざけるな! 儂は認めんぞ!」


「っていうか、な、中を見たんなら分かるんじゃないですか?」


若干人見知りモードで、デスブリングがオキロ校長へ伝える。


「こっ、この本にはデスブリングの封印が掛けられとるんじゃ! いまだこの本を開いた者はおらぬ! 雑記帳に封印を施す者などおらんはずじゃ!」


「マスター?」


ジェミニが確認するようにデスブリングを見る。


「それ、このグノーシス魔法学園を卒業したときにもらった日記帳なのよ。百冊くらい」


「無駄に多いですね」


「だろ? だから一部を雑記帳として使ってたんだよ。元は日記帳だから他人に見られないよう鍵をかけられるんだ」


「馬鹿な! ならば何故誰も開けることができない!?」


「そ、それは単純に魔力が足りないだけかと。デフォルトの魔力量で鍵を開ける仕組みにしていますから」


「ま、魔力が……足りないじゃと?」


オキロが信じられないモノでも見たような顔となる。


「嘘じゃ! 儂も一度全力で魔力を注いだことがあるんじゃぞ! それにタイトルが『禁断の書(棘)』となっておる!」


「いや、も、もらったとき全部の日記帳に適当なタイトルをつけたんですよ。でも、その後使わなくなって…」


「無駄なことしますね」


「ああいうのって、最初だけはやる気がでるんだよなぁ」


「う、嘘じゃ!」


オキロはまだ信じていなかった。


いや、正確には違った。


信じてしまえば、自分を成していた大事な何かが消えてしまうからだ。


「ちょ、ちょっと借りますね」


デスブリングは荒い息を吐くオキロから、本を抜き取ると、抑えていた魔力を解放した。


強大で禍々しい魔力が周囲を覆い尽くす。


全盛期の半分の魔力しかないが、それでも常軌を逸した魔力量だった。


「ひっ!」


刹那、オキロ校長は理解した。


忘れるはずもがない。


この圧倒的格差を見せつける恐ろしい魔力を。


「ほら、開いた。ここに店を調べていた書き込みがあるでしょ? 懐かしいなぁ」


けれどオキロは、開いた本など見ていなかった。


床に額をこすりつけ、深々と土下座をする。


「申し訳ございません! デスブリング様ぁあああ!! 勝手に弟子などと名乗り! ご不快にさせてしましましたぁ! この非礼は私のみに御座います! どうが皆の者には寛大なご処置をぉおおおおおお!!」


ガタガタと震えるオキロ校長を見て、デスブリングは悲しい気持ちになった。


もう何度、こんな見たくもない反応をされてきたことか。


それが嫌で、島に引きこもったというのに。


苦い記憶が、胸を締め付けてくる。


「マスター」


ジェミニが抱きつくように両手を伸ばしてきて、そのまま元のマントの姿に戻る。


『友達になってくれるようお願いすれば、オッケーがもらえそうですよ』


マントのなったジェミニがテレパシー魔法で囁く。


「…………」


恐怖に慄くオキロを見下ろすデスブリングの脳裏には、過去の記憶が蘇っていた。


「どうかお許しください!」


怯え地面にひれ伏す人間たち。


「無礼を働いた者はこのとおり処刑しました。ですから──」


単に自分の前を横切っただけで、その家族を皆殺しにして差し出してきた領主。


道を歩くだけで、家に閉じこもる町民たち。ひとり寂しく無駄に広い街を歩いた。


誰もがデスブリングの本当の気持ちを知ろうとせず、恐怖と偏見で、心を閉ざしてくる。


『マスター?』


『いや、友達は無理だ』


『そうですか? 承諾がもらえる可能性は高いですよ?』


『だからだよ』


『意味不明です』


少し寂し気なデスブリングに態度を、ジェミニは理解できなかった。


デスブリングはオキロの前に跪いて言った。


「まずは席に戻ってください」


「で、でででですが…」


デスブリングは困ってしまった。


本当は対等の立場で話をしたい。だが、どう言えば、こちらの真意を理解してくれるのか。


****


(はっ!? しまった!!)


同じ頃、オキロも激しく後悔していた。


つい反射的に断ってしまったが、デスブリングの言葉にノーと言ってしまったのだ。

あのデスブリングにノーだ。


絶対者への否定。


(やばい。こ、殺される。素直に言うことを聞くべきじゃった。いや、顔をあげたら殺されて、顔をあげなくとも殺されるパターンかもしれん。…どのみち殺される運命じゃん)


オキロは絶望の涙を流す。


(儂だけなら良い。じゃが、ここの生徒たちには何の罪もない)


オキロ校長はスケベでお調子者だが、生徒を思う気持ちは本物だった。


「オキロ校長…」


デスブリングの言葉にオキロ校長は死を覚悟する。


「どうか席に戻ってほしいです」


「はい! よろこんで!」


オキロは俊敏な動きで席に着いた。まさかもう一度チャンスをくれるとは夢にも思わなかった。


(よかった。言葉を聞いてくれた)


デスブリングは安堵する。


(危なかった。間違いなく殺されるところじゃった)


オキロは冷や汗で背中がぐっしょりなっていた。


「それで、オキロ校長。入学の件なんですが……」


デスブリングは申し訳なさげに言った。


正体を知られてしまった今、世界中から嫌われている自分を入学させてほしいなど、大それたお願いだと思っている。


だが、できれば──


「もちろんオッケーです!」


オキロは速攻で許可を出した。


(デスブリングを学園に入れるなど絶対に嫌じゃ! だが機嫌を損ねれば、数秒後にはこの国自体が滅びてしまう! 時間を稼がねば)


「…そうですか」


デスブリングはほっと息を吐いた。


(良かったぁああ! 断られると思ったけど入学できたぁあああ!)


内心は喜びにあふれていたが、コミュ障なので表には出なかった。


「それと、ワシの正体についてですが……秘密にしてくれますか?」


「はい! よろこんで!」


「もしも、ワシの正体がバレたら……、わ、わかりますよね?」


デスブリングは不安げに尋ねた。


もしも正体がバレたら、みんなから嫌われている自分は、ここにはいられなくなるだろう。


オキロも、デスブリングがどれだけ嫌われているは、わかっているはずだ。


「はい、もちろんです!」


(お、脅しというわけじゃな。なんという極悪人。もしも正体がバレれば、即この学園を滅亡させるつもりか)


そこでオキロは、はっと気づく。


(正体を隠して学園に入るということは、少なくとも今は、騒ぎを起こす気はないということじゃな? いったい何が目的でこの学園に…?)


「あっ!」


デスブリングが思い出したかのように声を漏らす。


「ひっ!」


オキロは心臓が飛び出るほとびっくりした。


「ワシがこの学園に来た理由って、なんとなくわかります?」


デスブリングの何気ない質問に、オキロは生きた心地がしなかった。


目的を推量していたタイミングで、まるで心を読んだかのような質問。


地雷(トラップ)を踏めば、即殺されるだろう。


(ええええっ!! な、なにその質問!? 儂はどう答えるのが正解なんじゃぁあああああ!!)


オキロは、脳内で速やかにシミュレーションを行った。


****


「もちろん分かります」


「ワシの偉大な思考が理解できるだと? 死ね」


オキロはデスブリングに殺されてしまった。


「いえ、私などには理解が及ばないことです」


「愚か者は嫌いだ。死ね」


オキロはデスブリングに殺されてしまった。


(どっちみち殺されるんですけど!? 儂ぃいいい!!)


だらだらと冷や汗が流れ落ちる。


呼吸も止まったままだ。


(どうするどうするどうするどうする?? 何が正解なんじゃ!?)


「なら、教えますね」


痺れを切らしたデスブリングが口を開く。


孤独が嫌で友達を作りに来たと、年下のジジイに告白するのは恥ずかしかったが、仕方ないだろう。


「お、お待ちください、デスブリング様!」


オキロが制止する。


(あのデスブリングが、目的を知った者を生かしておくはずがない。理由を聞けば、間違いなく殺される)


「我が校に入学するのに理由はいりません。私は校長として、ひとりの生徒として接するだけで御座います」


デスブリングがぽかんとした表情になる。


(うげぇっ! ミスった!? 儂ミスちゃった!? 知らんぷりするのが正解じゃなかったの!?)


オキロはガタガタと震えはじめた。


(すまん、みんな。でも、あのデスブリング相手に頑張ったよ、儂)


「その気遣いに感謝します。ワシのことは、いち生徒コデスとして、以後は普通に接してほしいです」


デスブリングは心底嬉しそうに答えた。


****


デスブリングが去った校長室で、オキロは陸のクラゲみたいに崩れ落ちた。


「よかった~。正解じゃった~。マジで儂、世界を救ったんじゃね?」

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