第9話 人は最初が9割

「ええと、君がコデス君ね。入学初日から通報されるようなことは止めようね」


職員室でコデスは、担任のミラ・キャンベルから怒られていた。


ボブカットで垢ぬけた雰囲気のある糸目の女教師だ。


「え、ええと。その…ふ、普通に話しかけただけ、なんすけど…」


デスブリングは指先同士をつんつんとしながら答えた。


「君の普通は、奇声を発しながら女子生徒を追いかけ回すことかな?」


「あ、…いえ、その…」


笑顔だが、どこか怖い感じのする先生だった。


「じゃあ、そろそろ教室に行こうか。1限目の授業が始まるし」


「…はい」


「奇声は上げないでね」


「…はい」


****


一方、教室ではコデスのことが話題となっていた。


「聞いたか? 今日新入生が来るらしいぞ」


「新入生? 転入生の間違いだろ?」


「女か? 可愛い?」


「なんか朝、女を追いかけまわしていた変態らしいな」


(はぁ? 嘘でしょ!?)


その会話を聞いて、エル・コサインは青ざめた。


(私を追いかけたあの変態が同じクラスなの? …なんで私、こんなに運が悪いんだろ。最悪!)


「っていうか、魔法大会ってどうなるんだろうね? 人数ちょうどじゃん」


「ハブられる人可哀想だよね~?」


前の席のナッツとヒイコがくすくすと笑いながら話している。

エルはぞっとなった。


(そうだった! だとしたら、一番ヤバいの私じゃん!)


魔法大会。


半月に一度行われる、生徒の実力を評価するための一大イベントだ。


生徒たちは最大5人のチームを組み、学園が提示する課題をクリアしていく。


場合によっては死人が出ることもある、文字通り真剣勝負の実力テストだ。


赤点および最下位のチームは強制退学という厳しいルールにより、どんな不真面目な生徒も真剣に取り組んでいる。


「っていうか、逆にそいつがソロになったりして~」


エルは強引にふたりの会話に入っていく。


彼女たちとは席が近いという理由で、会話をする仲だが、ぶっちゃけ仲は良くない。


向こうから話しかけてくることはなく、こちらから話しかけてギリギリ同じグループにる関係性だ。


「「ふ~ん」」


ナッツとヒイコが曖昧な相槌ちを打つ。それ以上の会話は広がらない。


「あは、あはははは…」


エルは乾いた笑いを返した。


(…何やってんだろ? 私…)


エルは内心でショックを受けていた。


ふたりとは気が合わない。


それは向こうも同じだろう。でも、魔法大会があるから、必死に気を遣って仮初の友達を演じている。


でも、ナッツとヒイコは、愛想を返す努力すらもしてくれない。


「なんでいるの?」

と暗に言われているようで辛い。


まるで人形を相手にしているような会話をかわす度に、エルのメンタルが削れていく。


(くそ! これも全部デスブリングのせいだ!)


エルは拳を握りしめた。


魔法大会の戦いは、実は入学初日から始まっている。


如何に優秀な生徒とチームを組むか。


嫌われて最下位に貶められないか。


そのために必要なのは、コミュニケーション能力だった。


みんなと仲良くなれるスキル。


魔王大会までに上手に人間関係を構築できた生徒が、圧倒的に有利なのだ。


最強最悪の魔法使いデスブリングを排出したグノーシス魔法学校は、その反省から「人間力」に力を入れた。


誰とでも仲良くし、弱者も思いやる教育。


そのためのチーム戦。


最大5人であるため、極論を言えばソロでも構わないのだが、人数は多いほど有利だ。逆に少なくする理由のほうがない。


(何が仲良くよ! 私みたいに友達がいない人間を排除しているだけじゃない!)


大人たちは生徒が協力しあって課題をクリアしていく姿を見て、立派に育っていると感動しているが、実は違う。


入学初日から人間関係に気を遣い、ハブられないように神経をすり減らし、心のない愛想笑いで場をつないでいく。腹黒い人間が育っているだけだ。


そして、それでも本当の友達ができない現実に、自分の存在価値すらも否定されていくのだ。


けれど、何事にも例外はある。


エルは恨めしそうに、教室の隅で魔導書を読みふける少女を見た。


桜色の髪にドールのように整った顔立ち。女の自分から見てもうっとりするような美人だ。


メルル・クワトリエ。


当然ながら、新学期初日からたくさんの生徒たちが話しかけて、仲良くしようとしてきた。


自分が頑張って気を遣って必死に愛想を振りまいて、それでも誰一人やってこなかったのに、彼女は座って一言もしゃべっていないのに、みんなに求められる存在だった。


だけど、メルルは誰とも仲良くならなかった。


私が欲しかったものを、ハエのように追い払った。


やがて、その理由が判明する。


「友達なんて時間の無駄。あのデスブリング卿もそうだったと聞く。私は第二のデスブリング卿になるの」


当然ながら大問題となった。


職員室に呼び出され真意を問いただされた。


噂では彼女は、「デスブリングは本当に悪人なのか?」と逆に詰め寄ったらしい。

結局、メルルの在学は許可された。


本人に悪い事をする意志はないこと、かつてそんな生徒がたくさん入学し名門校となった歴史、その上で悪人は出ていないことを考慮され、不問となったらしい。


当然ながら、彼女は腫れものに触るようなポジションとなり、孤立した。


おそらく魔法大会もソロで参加するだろう。


けど、最下位になる心配はなさそうだった。


デスブリングを崇拝する彼女は、文字通り天才であった。


学年トップの成績で、魔術操作、魔法力、魔力量、すべてがずば抜けて優れていた。


他人の顔色をうかがわないで済む実力も、誰もが羨む美貌も、毅然とした態度も、彼女はエルの欲しいものすべてを持っていた。

対極の存在だった。


(どうなるんだろ? 私…。あの変態のほうが人気出たら、私はハブられるのかな…?)


エルは必死に泣くのを耐えた。


****


長い廊下を進に連れ、デスブリングの心臓の音は激しくなっていった。


幸か不幸か、少し前を歩くミラ教師は、デスブリングに世間話のひとつもしてこなかった。


すでに1限目の授業が始まっているせいか、周囲に生徒の姿はなく、シンと静まり返っている。


「ここが君の教室ね」


刹那、デスブリングは首の下から、ぶわっと何かが競りあがってくるように、頭が真っ白になった。


心臓の音が耳に張り付いて煩い。


ドアが開けられる。


階段状になっており、後ろに座る生徒も前が見えるような教室。


いくつもの視線がデスブリングに注ぎ込んでくる。


デスブリングはごくんと唾を飲むと、手と足が同時に動く、ぎこちない歩みをはじめた。


と、すぐに段差に躓いた。


「うおっ!」


そのまま、とっとっとと片足でステップし、教壇に頭をぶつけた。


「あいたた」


顔をさすりながら、上半身を起こす。


『ナイスです。マスター』


ジェミニが話しかけてくる。


『いや、何が? おもっきりコケてみっともない姿をみせたんだが?』


『どんな奴が来るんだろうと緊張のなか、コケるというお茶目な登場をしました。笑いが起きて話しやすい空気ができていると思われます』


『おお! 確かに! 怪我の功名というやつだな!』


『はい! 絶対に大ウケしてますよ!』


『だな!』


デスブリングは内心でニヤニヤしながら、生徒たちの顔を見た。


誰一人笑っていなかった。


これでもか、という冷たい目で見つめてきている。


『誰も笑ってないじゃん!』

『あれ~、おかしいですね~』


「何してるの? 早く立ち上がりなさい」


ミラ教師は、デスブリングの横を通り過ぎると、教壇に教科書を置いて言った。


頭をぶつけたデスブリングを気遣う様子もない。


「は、はぁ…」


「あと、そういう登場の仕方止めてね。寒いだけだから」


デスブリングはまじまじとミラ教師の顔を見た。


「え? いや…、わざとじゃ…」


ミラはデスブリングの言葉を無視して続けた。


「はい。今日から皆さんの新しい仲間を増えました。こんな時期だけど、転入生じゃなく新入生です。皆さん、仲良くしてくださいね」


次に、デスブリングに自己紹介を促す。


「あ、あああああああの…、わ、わわ、ワシはコココ…」


「コデス・ユージーン君です」


ミラが代わりに名前を伝えた。


デスブリングはまじまじとミラの顔を見る。


(マジか…、こいつ…)


「そ、それで、あの…、と、友達がたくさんできたらなぁって」


そこでデスブリングは唾を飲み込んだ。


緊張で喉がカラカラだった。


次の言葉で、友人ができるかどうかが決まる。


デスブリングは、第二の人生の賭けに出た。

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