第3話 初めての通報
デスブリングがふらふらと道を歩いていると、巨大な鉄の塊が急ブレーキをかけて止まった。
「こら! 危ねえぞ! 死にてえのか!?」
鉄の塊から顔を出して、ハゲの男が文句を言ってきた。
デスブリングが返事もせずに通り過ぎると、舌打ちをして去っていく。
『今のは車ですね。魔鉱石のエネルギーで動き、馬車に代わって利用が拡大している乗り物です。ぶつかると、ブルボーンの体当たりくらいの威力があります』
しかし、ジェミニの声はデスブリングには届いていないようだった。
川沿いの公園のベンチに座り、虚ろな目で空を見上げる。
「ワシ、めっちゃ嫌われてんだな…」
デスブリングはジェミニが調べた情報から、自分がいかに世界からヘイトを買っているかを理解した。
『ええ。そこら辺の魔王よりもぶっちぎりで嫌われてましたね』
「少しは慰めてくれよぉ~」
デスブリングは涙を流しながら抗議した。
『所詮はAIですから。で? これからどうします?』
「……」
『自害します?』
「こわっ! お前のその発想ないわ~」
『でも、友達できないの確定ですし、あと100年も孤独に堪えられますか?』
言葉の刃がブスブスとデスブリングの肉体を貫いていった。
「おふ……。か、可能性はある…はず」
デスブリング消え入りそうな声で、わずかな希望を口にする。
『可能性はゼロです。中身は100歳越えのジジイで、ずっと友達もおらず、陰キャでコミュ障。その上、子供が泣くレベルで嫌われてるんですよ?』
「ぐふぁ!」
再び言葉の刃が突き刺さってきた。
「はぁ、…はぁ。最後のは、な、名前を変えるつもりだ」
『プライドもないんですか?』
「そんなもん、友達ができるなら、いくらでも捨ててやるよ! なんでワシは何もしてないのに、あんなに嫌われてんの!?」
いい加減傷つきすぎたデスブリングは、涙ながらに叫んだ。
『魔王を単独で倒したのは?』
「事実だ」
『千年迷宮をソロで踏破したのは?』
「それも事実」
『軍事帝国エゴラオスを滅亡させた』
「まあ、それも事実だな」
『悪人じゃないですか~』
ジェミニがドン引きした声で言った。
「いやいやいや。最後のは確かに悪人っぽいけど聞いて! あれはたまたま行き倒れになっていた女性から、非道の限りを尽くす悪の国家があると聞いて。ああ、許せんなぁと思って。そんな酷いことをやめるよう、話し合いに行ったら、急に襲ってきたのよ」
『だから滅亡させたと?』
「まぁ、そんな感じ」
『魔王と発想レベルが同じですね』
「うそぉ!」
『なまじ人間だからこそ、悪名が勝ったんでしょう。っていうか、コミュ障なのにどう話し合うつもりだったんですか?』
「いや、相手に嫌われても良いなら、意外にしゃべれるんよ。一言言うだけだったし」
『なんて言ったんですか?』
「確か『今すぐ野蛮な虐殺をやめろ、ゴミクズが。貴様の顔とケツの穴を入れ替えるぞ』だったかな」
『それ、人の感情が理解できないAIでも、相手が怒るのわかりますよ』
「…まぁ、今ならワシも理解できる」
デスブリングは遠い目をして言った。
『他にも、いくつかの戦争で敵味方関係なくぶっ殺してますね』
「まぁ、ワシには敵も味方もいないし」
今でこそ平和だが、100年くらい前は、いろんなところで戦争が起こっていた。
『コミュニケーション能力は絶望的ですが、名前を変えるのは良い手です』
「だろ? ジェミニ、なんか人気が出そうな名前を考えてくれ」
『了解です、マスター』
ジェミニは少しの間、パチパチと点滅した。
『候補ができました。パンツ山岡、ピーナッツバター風ウンコ、ビーチク眼鏡。どれも人気が出そうです』
「出るわけないだろ! なに? そのシモいラインナップ!?」
『最近、人間たちの間では、おもしろいことを言って笑わせるコメディアンが人気で、そこから候補を考えました』
ジェミニからコメディアンや漫才の説明を受けて、デスブリングはふんふんと頷いた。
「なるほど、おもしろいギャグを言える奴が人気と。魂に刻んだぞ」
『なんか、壮大なフリにしか聞こえないですね。それはそうと、名前を変えたとして、これからどうするんですか?』
「ふっふっふ。ワシが何も考えずに、このファブミリア大陸にやってきたと思うか?」
『意外とその可能性もあるかな、と』
「いやいや。お前、ワシを馬鹿にしすぎ!」
デスブリングはノリツッコミを入れたあと、コホンと咳ばらいをした。
「ファブミリア大陸には、ワシの母校のグノーシス魔法学園がある。首席で卒業したワシは、ここの推薦入学状を持っているのだ」
『ああ。弟子も友達もいなかったから、いまだに持ってるんですね』
「お前、言い方」
****
さっそく、グノーシス魔法学園へ移動したデスブリングは、校長と思われる石像の陰に身を隠していた。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
そして、荒い息を吐いている。
『マスター。石像の陰ではぁはぁ言ってたら、変質者として通報されますよ』
「いやいや、お前。いきなり通報されるわけないだろ? というか、人がたくさんいて、マジで緊張する」
今は授業中らしく、大半の生徒は教室の中にいた。窓から真剣に授業を受ける生徒たちの横顔が見える。
校庭では実技を行っている生徒たちの姿もある。
『それでよく友達ほしいとか言いましたね。前にここに居たときはどうだったんですか?』
「ぶっちゃけ他人など、雑草か虫だと思っていた」
『うわぁ。それでよく友達ほしいとか言いましたね』
「人間は成長するものなの! 魔術見習い三日会わずば刮目して見よ、なの!」
『マスター』
ジェミニが警鐘を鳴らす。
デスブリングは慌てて背後を振り返った。
ひとりの少女が立っていた。
薄い桜色のツーサイドトップの髪に、整った顔立ち、意志の強そうな瞳が印象的だった。
(やばい。ドキドキしていて接近に気づかなかった!)
デスブリングは石像の台座に張り付いたままで固まっていた。
『マスター。何か言わないと通報されますよ?』
「あひっ! ふへぇ!」
デスブリングの口から、気の抜けた音が漏れる。
(が、頑張れ、ワシ。負けるな、ワシ! 友達たくさんの幸せな第二の人生を送るんだ!)
デスブリングは心の中で必死に自分の励ました。
ありったけの勇気と気力を振りしぼり、デスブリングは少女に話しかける。
「へ、ヘイ! 彼女ぉ~! そしてこれは塀」
右手を挙げて挨拶したあと、その右手で石像の台座を叩いてから言った。
「…………」
「…………」
少女は物凄く嫌悪感を滲ませた顔になると、何も答えず去っていった。
まるでゲロの中で泳ぐゴキブリでも見たような表情だ。
「ふふふ! どうだ、ジェミニ。コミュニケーションに成功したぞ!」
『どこまで認知が歪んでるんですか? 失敗ですよ』
「これだからAIは。明るく挨拶して、ジョークも言えた」
『キモいナンパに、滑りまくった親父ギャグでした』
「何おう!」
『いたたた。やめてください、マスター』
デスブリングがジェミニの化けたマントを引っ張って攻撃を加えていると、再び人の気配を感じた。
鎧を着た数人の兵士たち。
名門であるグノーシス魔法学園では、不慮の厄災から生徒たちを守るため、国王が兵士団を常駐させていた。
デスブリングを取り囲む兵士の隙間から、先ほどの少女の姿が見える。
桜髪の少女はすっとデスブリングを指さすと、吐き捨てるような顔で、
「この人、変質者です」
デスブリングはガチで通報されてしまった。
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