第2話 聞いてないよ~

デスブリングは転移魔法と飛翔魔法を使って、ファブミリア大陸へと移動した。


およそ60年ぶりの外の世界。

世界はすっかり様変わりしていた。


見慣れない建物や乗り物、人々の服装も華やかで、デスブリングの記憶とはほど遠かった。


しかし、デスブリングの関心はそこにはなかった。


「うお! 人だ! 人がいるぞ!」


デスブリングは民家の屋根の上で身を隠しながら、怯えながらも興奮した声で言った。


まるで生まれて初めて動物園に来た子供のようだった。


『そりゃ、いるでしょ。人間を見てそんな態度をとるのはマスターくらいですよ』


そう応えるジェミニの姿はない。


スライムを媒体としているので、自由に姿を変えることができるジェミニは、今はマントの形となってデスブリングに巻きついていた。


デスブリングはつい声を出してしまうが、基本はテレパシー魔法で話しているため、他人に会話を聞かれることはなかった。


「ううっ、やばい。声をかけることを想像しただけで、気を失いそうだ」


『それ、友達無理ですよ』


「いや、ワシはやる。やってやる!」


デスブリングは血走った目で、涎を垂らしながら人間の姿を追っていた。


『マスター。顔が腹をすかせた魔物そのものですよ』


「う、うるさい。とにかく誰に話しかけよう? 友達が多そうなのはやめとこう。大人も怖いな。元気な奴も怖い。どこかに、ひとりでいる幼い女の子はいないだろうか?」


『人攫いの発言じゃないですか』


その時だ。


「デスブリングが来るぞぉおお!」


子供の叫び声が聞こえた。


「えっ!? ワシ?」


デスブリングは咄嗟に体勢を低くして、屋根に張り付き、姿を隠した。

心臓がドキドキ鳴っている。


『何やってんですか、マスター。話しかけるチャンスでは?』


「いや、ワシもそう思ったんだが、まだ心の準備が…」


デスブリングは緊張で、ぶるぶると震えながら答える。


「いやぁあああ! やめてよう!」


今度は少女の悲痛な声。


デスブリングは我に返り、状況を観察した。


ひとりの女の子を、数人の男の子たちが取り囲んでいた。


「デスブリングに連れてかれるぞ!」


「デスブリング! デスブリング!」


「お願いだからやめてぇ!」


男の子たちは嬉しそうにはしゃいでいるが、女の子は泣いていた。


「いやいや、ワシはそんなことしないって」


『先ほど極めて誤解されるようなことを言ってましたよ?』


「く~る! きっと来る! デスブリングが来ちゃう!」


「だから、やめてぇ~」


デスブリングという名前をどうやら嫌がっているようだった。


「…あれ、噂に聞くイジメというやつでは?」


『AIに判断は難しいです。マスターの名前を連呼しているだけのようですが』


「まぁ、お前には、人の感情の機微はわからんか」


『友達がひとりもいないマスターには言われたくないです』


ジェミニが少しムッとした声で言った。


「お、おおおおお、お前。それ言う? ワシ、マジで傷つくよ。いつも自分で、『所詮はAIですから』って言ってんじゃん!」


『自分で言うのは良いですが、他人に言われるとムカつくんです』


****


「こら、あんたたち! イジメはやめな!」


デスブリングたちが言い合っていると、野太い中年女性の声が聞こえてきた。


やけにガタイの良い中年の女性が女の子を庇うように、仁王立ちで男の子たちを睨みつけている。


「うるせえ、ババア!」


「ゴリラは森へ帰れ!」


ぎゃはははと男の子たちが笑う。怒られたのに萎縮した様子はない。


「あんたたちの為に言ってんだがねぇ」


しかし、馬鹿にされたはずの女性は怒るでもなく、ため息交じりに答えた。


「安易にその名前を出しちゃ駄目だって教わらなかったのかい? あいつは邪悪で残忍で執念深い最強最悪の魔法使いさ。テレパシー魔法で世界中の人達の会話を集めているんだよ」


中年女性の言葉に、男の子たちの顔から血の気が引いていく。


「今の会話も聞かれているよ。あんたたちこそ、デスブリングに気を付けな」


途端に、男の子たちは泣き出した。


「うわぁああああん! ごめんなさ~い!」


「もう悪い事はしませ~ん!」


☆知らないことは調べよう


「……なあ、ジェミニ。今の何?」


『イジメを中年女性が仲裁したようです』


「うん。それは分かるけど、なんでワシの名前聞いて、みんな泣いてんの?」


『さあ? しかし、マスター。あの中年女性が言ったとおり、本当に会話聞いてましたね』


「いや、そうだけど、そうじゃないから!」


デスブリングはふと、何かに気づいた顔をした。


「そうだ。お前には、テレパシー魔法で世界中の情報を集める機能がついていたんだっけな。それでワシのことを調べてみてくれ!」


『本当に、あの中年女性が言ったとおりですね』


「……うん。そだね」


デスブリングはシュンとなって答えた。


****


『マスター。情報収集完了です』


情報収集のため、しばらくパチパチと光っていたジェミニが完了を告げる。


「おおう! 速いな。それでそれで?」


『一言で言うと、マスター、めっちゃ嫌われてます』


「……へ? どういうこと?」


デスブリングはショックで顔から感情が崩れ落ちた。

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