第4話 ジジイ…センス
ファブミリア大陸の首都グノーシスにある魔法学園のマンモス校。それがグノーシス魔法学園である。
邪悪なる魔法使いデスブリングを排出したことで悪名を轟かせたが、逆に野心を持つ志高い魔法使いたちが門戸を叩くことになり、大陸有数の名門校となった。
故に、今も向上心の高い生徒たちが集まり、日々魔法の研鑽と向上に努めている。
デスブリングのような邪悪な魔法使いを二度と排出しないよう、思いやりと優しさの教育にも力を入れていた。
そして、このグノーシス魔法学園の現校長であるオキロは、かのデスブリングの弟子だったと噂のある人物である。
そんなオキロ校長の部屋に、眼鏡をかけた美人秘書がやってきた。
「校長よろしいでしょうか?」
「うむ。ミカエラちゃんとなら、儂はいつでもバッチコイじゃ」
オキロは凄みのある真顔で、変態発言をした。
「……殺しますよ」
ミカエラは心底侮蔑と嫌悪の表情で言い放つ。
「むほぉ! 堪らんわい!」
ミカエラの冷たい目に、オキロはぞくぞくと体をくねらせる。
「セクハラは懲戒ものです。校長であっても例外ではありません」
「ミカエラくん。儂が何故口髭を伸ばしているが分かるか?」
「分かりませんし興味もありません」
「口髭を伸ばしているキャラは、セクハラが許されるからじゃ」
キランと目を光らせる。
「…マジで死ね」
「おおう!」
オキロは、ふたたびマゾ的な快感を覚えた。
「…早く本題に入っていただけないのなら、ここを辞めさせていただきます」
「それで、なんの用じゃ?」
別人のようなキリリとした態度で、オキロが問う。
「実は、我が校に侵入しようとした不審者が居りまして」
「なら、捕まえて王国騎士団へ渡せばよかろう」
「それが、我が校の推薦入学状を持っておりまして」
「なら、入学希望者じゃろう」
「それが、我が校は推薦入学状なんて発行していないのです」
「なら、不審者じゃな」
「それが70年前までは発行していたようでして」
「なら、入学希望者じゃろう」
「──っていうか、なんであなたと漫才しなくちゃならないんですかぁあああああ!!」
ミカエラが突如、オキロ校長の胸元を掴み上げて叫んできた。
「ええっ! なんでキレてんの!? 普通に答えていただけなのに!? 儂、何かやっちゃいましたぁ!?」
****
「というわけで校長」
ミカエラは何事もなかったかのように元の場所に戻り、言葉を続けた。
「態度が急に戻るの、別の意味で怖いんじゃけど?」
「不審者を連れてきたので、後はよろしくお願いします」
「え? 連れてきた? え?」
「入れ! コデス・ユージーン」
オキロの躊躇いを無視して、ミカエラが入口に向かって声をかけた。
****
身バレを防ぐため、コデス・ユージーンという偽名を使うことにしたデスブリングは、ドアの前でガチガチに緊張していた。
あれよあれよと言う間に大勢の人がやってきて、慣れない会話を強いられ、頭はパニック状態だった。
かろうじて推薦入学状があることは伝えることができたが、正直状況についていけていない。
「ほら、早く行け」
両脇に立っていた見張りの兵士に促され、デスブリングは「ひゃひぃ!」と返事をする。
『大丈夫ですか? マスター。心臓の音がかなり煩いんですけど』
『だだだだだ、大丈夫だ。若返る前なら間違いなく死んでいたが、今は体も丈夫になっている』
『死んでるんですね…』
『と、とにかく、最初が肝心だ。あ、明るくギャグを飛ばし、無害な入学志願者だと証明しなければ』
デスブリングはガタガタと震えながら言った。
『まぁ、人は第一印象が9割らしいですからね』
「おい、早くしろ!」
再び兵士に言われ、デスブリングは弾かれるようにドアを開けた。
ふたつの冷たい視線がこちらを貫いてくる。
「あが、あががががが」
緊張で頭が真っ白になった。
だが、すんでのところで失神するのを耐える。
(駄目だ、ワシ! 頑張れ、ワシ! と、友達を作るんだぁああ!)
全身の気力を振り絞り、渾身のギャグを伝える。
「ども~! 入れと言われたハイレグ男子です!」
デスブリングはガニ股に足を開くと、両手で股間から斜め上に引き上げ、エルフ族の民族衣装であるハイレグの形を作った。
****
あたりに重々しい静寂が落ちる。
ほんともう、気まずい気まずい沈黙が落ちる。
「…………あれ?」
緊張と恥ずかしさで顔を真っ赤にしたデスブリングの額から汗が垂れた。
「なんですか、それは?」
冷たく凍てつくような威圧感のある声。
ミカエラが深淵に潜む魔王のような殺意を放っていた。「は、ははははハイレグです。え、エルフ族の、み、民族衣装の…」
「誰がそんなことを訊きましたか?」
『えええ~! 言ったよな? いま確かに言ったよな?』
デスブリングはテレパシー魔法でジェミニに同意を求めた。
『ええ、確かに言いました』
『なんでワシ怒られてんの?』
『データによると、女性との会話は言葉通り受け取っては駄目なようです。女性が「大丈夫」と答えたら心配する必要があり、「ひとりにして」と言ったら構う必要があります』
『なにそれ!? 難易度高すぎない!?』
そのときだ。
「ぷ~ぷっぷ!!」
笛のように甲高い、息が漏れるような音が聞こえた。
次に耐えきれないといった感じで、オキロ校長が大笑いをはじめる。
「ぎゃ~はっは! ひぃ~ひっひ! お主、最高じゃのう! めちゃ面白かった!」
バンバンと机を叩きながら、腹を抱えて笑っている。
『やった! 掴みはオッケーだぞ、ジェミニ!』
デスブリングは思わず拳を握り締めて、心の中で歓喜する。
「はぁ? いまのどこが面白いんです? あれで笑うのはセンスのイカれたジジイだけですよ」
「!!??」
容赦ないミカエラの科白に、デスブリングとオキロはものすごくショックを受けた。
信じられないものでも見るように、ミカエラの顔を見つめ返す。
「……ジジイ。ワシのセンスがジジイ……」
デスブリングが死に際のような声を漏らす。
『何故ショックを受けているんですか? 実際100歳越えのジジイじゃないですか?』
『お前には分からんだろうが、人はいくつになっても若く見られたものなの!』
『めんど臭いですね』
「何をぶつぶつ言ってるんですか? 急に元気になってクソ寒いジジイギャグを言うかと思えば、すぐに黙り込む。いい加減、面倒です!」
「おぶっ!」
デスブリングは再び心にダメージを受けた。
「とにかく、推薦入学状が本物かの確認ができるのは校長だけですし、決定権を持っているのも校長だけです。あとはよろしくお願いします」
言って、ミカエラは踵を返す。
「え? 帰っちゃうの?」
オキロが驚いたように手を伸ばす。
「私はあなたと違い、忙しいので」
****
「ほら、あなたたちも仕事に戻りなさい」
ドアの外に出たミカエラは、見張りの兵士ふたりに告げた。
「不審者を残して大丈夫ですか?」
ツカツカと廊下を歩くミカエラに走り寄り、兵士は問うた。
「何がです? あの不審者に抗う意図はないみたいですし、仮にあったとしても校長の前です」
「…はぁ」
兵士はよく理解していないような相づち打つ。
「頭のイカれた変態ジジイですが、実力はファブミリア大陸随一。かの史上最悪の魔法使いの弟子という噂が本当かは知りませんが、並みの魔法使いが束になっても敵わない存在なのですよ」
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