上級区の少女リア

 リアが暮らす上級区は、白とガラスでできたような場所だった。

 道路は静かで、空気には濁りがない。

 すべてが整理され、計画され、最適化されている。


 幸福指数は高く、人々は落ち着いていた。

 感情は制御されるべきだと教えられてきた。

 揺らぎは、人を不幸にするからだ。


 しかし、リアは気づいている。

 その静けさは、どこか息苦しいことを。


 教室で窓に視線を向ける。

 遥か下。灰色の下級区の中で、ひとりの少年が立ち止まっていた。


 空を見ていた。


(あの子は、止まれたんだ……)


 都市は流れ続ける。

 立ち止まるというだけで、異物になる。


 そのとき、校内放送が告げた。


『下級区にて観察対象者を確認。現在マザーによる監視下にあります。』


 リアは静かに息を吸った。


(やっぱり——見えたのは、間違いじゃない。)


 授業が終わると、リアは教室を出た。

 ただ一つの理由で。


(わたしは、確かめたい。)


 上級区と下級区を分ける透明な通路を進む。

 その足取りは静かで、しかし迷いはなかった。


まだ、その名前を呼ぶには早すぎる。

けれど世界は、確かに動き始めていた。

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