青の向こう、ノア

ヨルノカゼ

第1章:青を知らない街

リアは空を見ていた

 この街の空は、いつも同じ色をしている。淡い青で、均一で、ちょっと作り物めいている。

 「きれいだね」と言えば、それっぽいけれど、僕はどうも信用できない。

 きれいなものが、いつもきれいなままなんて、そんなことあるだろうか。


 ノアシティでは誰もが空を見上げる。でも、それは“空を見る仕草”をしているだけだ。

 本当に空を見ている人なんて、ほとんどいない。僕もそう思っていた——今日までは。


 街の片隅で、ひとりの少女が立ち止まっていた。

 上級区の白い制服。清潔で、まっすぐで、ちょっと眩しい。

 立ち止まることは、この都市では推奨されていない。流れを乱すからだ。

 それでも、彼女は空を見ていた。


 僕は、つられて声をかけていた。


「……何、見てるの?」


 彼女は振り向かずに答えた。


「空だよ。」


「空は空だよね。」


「ううん。“本当の空”だよ。」


 その言葉が、胸の奥に引っかかった。

 痛みじゃなくて、“気づき”に近い何か。


「君、名前は?」


「リア。あなたは?」


「カイ。」


 ようやく彼女は、僕の方を見た。

 目に光があった。

 それがこの都市では、いちばん珍しいものだ。


 街灯に取り付けられた監視ドローンが、微かにレンズを動かす。

 都市は、感情の揺らぎを見逃さない。


 それでも僕は、その場を離れなかった。


 たぶんその瞬間から——

 僕の中で、世界は静かに揺れ始めていた。

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