六幻の宵

夏宵 澪  @凛

供に逝こう、六道の交差点で

オレンジの灯が流れてゆく。

ビルの谷間を抜け、

落ち葉と笑い声を運びながら。


その夜、街は仮面の海だった。

魔女も、骸骨も、

みな似たような孤独を纏っていた。


ハロウィン。

この夜だけ、

生と死のあいだに薄い膜が張る。

誰もがその向こうを覗き、

自分という亡霊を確かめようとする。


僕はコンビニの窓に映った顔を見た。

光に縁取られたその影が、

僕に微笑み返す。

それが仮装なのか、素顔なのか、

もう分からなかった。


遠くで太鼓が鳴る。

電子音でも、鼓動でもない。

それは、かつて人が火を囲んで踊った

原初の夜のリズム。

風がその残響を運んでくる。

「通りゃんせ」

幼い声が、ひとひらの影のように触れた。


六道の交差点。

赤く滲むライトが地面を焦がす。

群れが渡り、僕は立ち尽くす。

世界が少しだけ、

音を失った。


空が歪む。

月が、血のように膨らんでいる。

ガラスの塔が紅蓮を映し、

ネオンの花が風に散る。


「供に逝こう」

スマホが震えた。

画面の奥から、

透明な指先が伸びてくる。

抵抗もできず、

僕はその光に触れてしまう。


境界が、ほどける。

現実は静かに裏返り、

すべての音が水に沈む。

笑い声も、音楽も、

過去になった言葉たちも。


命は惜しくない。

ただ、

胸の奥の嘆きだけが生きていた。

それが泡になって、

一瞬、月を映した。


思い出す。

子どものころのハロウィン。

小さな声で「トリック・オア・トリート」と叫び、

もらった飴を夜の光にかざした。

その透ける赤が、

いまも瞼の裏で燃えている。


灯が、ゆらりと揺れた。

世界が再び息を吹き返す。

仮面の下で、僕は微笑む。


宴は終わらない。

嘘も真も、

光も闇も、

同じ拍で脈を打っている。


僕は唄う。

この滅びの夜に。


ハロウィンの月の下、

鮮やかに――

散るために。

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