4-3

それから馬車は(残念なことに)順調に王宮に向かっていった。

私は窓の外の月を眺めながらぽつりとつぶやく。



「綺麗だな……アンドラスも見ているのかな……」


今夜は満月で、雲一つない。



(脱走は、無理かな……)


護送用の馬車には何人もの屈強な兵士たちがおり、また鉄格子には強力な魔法がかけられている。王宮でオルニアス第二王子のもとに連れていかれたら、まず命はない状況で、刻一刻と迫る死の匂いを感じながら私は思った。


(はあ……。あの女も、死ぬときはそんな感じだったのかな…・・・)


私は母の最期を思い出していた。

……彼女が命を落としたのは、私が7歳の時だった。


「ミーナ。もうすぐあなたの妹が出来るから、楽しみにしていてね?」

「産婆さんがそう言ってたの?」

「そうよ。本当に、あの人はいい方ね。あなたを取り上げた時の産婆とは大違い。それじゃ、行ってくるわ?」


母が命を落としたのは、二人目の子……つまり私の妹の出産日だった。

『愛の結晶』とやらを抱えた母は、そう嬉しそうに呟きながら、病院に向かったのが最後の風景だった。


(所詮……殺し屋のメンタリティなど、いじめ加害者と変わらないってことだよね……)


だが、母は忘れていたのだ。


自分が今まで殺した相手は、皆『ターゲット』などではなく、家族のいる『家族』だったということを。そして何より、殺した側と違って殺された側はその恨みをいつまでも覚えているということを。


(あの女は……『足を洗う』ことで『罪を償った』と思ってたからな……。そんなのただの自己満足でしかないのに)


母は『仕事』の際に目撃者を全員口封じしていた。……だが母が通っていた病院の産婆は、それで殺された少年の母親だったのだ。

その産婆はずっと、理解者のふりをして母を殺すタイミングを伺っていた。


(口封じなら、暴力じゃなくても賄賂なり脅迫なり、他にも方法が沢山あったでしょうに……。結局力による支配に縋ったから死んだんだよ、あの女は……)


いくら母が凄腕の殺し屋だったといっても『信頼していた産婆から、出産中に命を狙われる』なんて真似をされたらひとたまりもない。


後に残された母の遺体を見るに、彼女がどれほど恐ろしい苦痛の中で死んだのかは想像できた。


(そう思えば、催眠アプリを奪われたなら、まだマシってことかもね……王子に殺されないで済むんだから……)



そう思っていると、サロメが食事を運んできた。

粗末なスープと黒パンを乱暴に投げ入れながら私に笑みを浮かべてくる。


「フフフ……明日の朝には到着ね。気分はどう?」

「最悪に決まってるでしょ。……あんたは機嫌がいいね?」

「それは当然でしょ? ……この催眠アプリがあれば、世界を手に入れたようなものだもの。……いっそオルニアスを洗脳して、王妃の座に座るってのもいいかもしれないわね……」

「アンドラスはどうするの?」

「フフ。勿論側室においてあげますわ? 舞踏会に連れていけば、きっとあの美しい王子は人目を引きますから」


やはり、彼はアンドラスをただのアクセサリーにしか思っていないようだ。

そう発言をする彼女から催眠アプリだけは奪い返したい。

……そんな風に考えていると、外が騒がしく騒いでいるのが聞こえた。




「どうしたの?」

「あ、いえ……! なんかあそこで決闘をしているみたいです!」

「決闘?」

「ええ、村娘と若者がどうやら殴り合いをしているみたいです……」

「へえ……?」


そういわれて、サロメは少し興味深そうにその様子を見つめた。



「この、裏切り者!」

「うわあ!」


ローブを被っていてハッキリとした顔は見えないが、村娘の方が一方的に暴力を振るっているようだった。


「あんたが浮気したのくらい、分かっているんだからね!」

「ご、誤解だよ……だから、許してよ!」

「誤解? あんたが浮気していたのは知ってるのよ!」


そういいながら、また彼女が若者に詰め寄る。

その様子を見て、サロメは興味深そうに馬車を止めた。

脇にいた兵士たちも思わず立ち止まる。


「どうしたんですか、サロメ様」

「……なんか、面白そうじゃない。王宮まで急ぐ必要もないし、折角だからもう少し見ていきましょ?」

「へえ……。そうっすね。へへへ……」


そういうと、彼女たちは勿論兵士達もそういいながら



(まったく、悪趣味だな……)


もしあそこで喧嘩しているのが男同士だったらトラブルを避けて無視していただろう。

だが、あそこで行われているのは痴話げんか。しかも『女性が男性側に対して一方的に攻撃をする場面』だ。


情けない男が醜態を晒す姿は、見世物としては一級品なのだろう。

みな興味深そうに馬車を止め、その様子を見据える。



「だからお願いだよ、僕を捨てないで!」

「何言ってるのよ! ……今更そんな話なんて信じられないわ!」

「そんな……!」


村娘の足に縋りつきながらそうお願いする情けない男を見て、兵士たちは勿論サロメもニヤニヤと笑みを浮かべている。


「しつこいわね、離れなさいよ!」

「酷いよ……そうだ、だったら……!」


そして足蹴にされた男は、突然立ち上がった。

そういうと、男はその村娘を抱きしめる。バタバタと抵抗する彼女だが、がっしりとしがみついてきた男の腕からは抜け出せない。



「ち、ちょっと! 離しなさいよ!」

「嫌だよ! 君だって、僕に抱かれるのが好きだって言ったでしょ!」

「そ、それは……」

「ね、お願いだよ! すっごい奉仕するから、もう一度僕を好きになって!」

「…………」

「今夜のこと、忘れない夜にさせるから!」


すると、急に村娘のほうが抵抗を止めた。


「……そう……ね……分かったわ。じゃあ、あっちで……」

「うん……」


そういうと、そのカップルは近くにある草陰に入り込んだ。

そしてしばらくすると、急に喘ぎ声が聞こえてくる。


「あ、そこ……!」

「どう、気持ちいい」

「うん……」


……その様子を聞いて、サロメと兵士たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。

ここから彼女たちがしようとしていることは容易に想像がついた。……のぞきだ。


「もっと……そこ……」

「ここかい?」

「うん、そう……じゃあ私も……」



そんな風に草陰から聞こえる声。

そしてそれをサロメ達は覗き込んだ、その瞬間。


「あ……!」


急に兵士たちがバタバタと倒れ始めた。



「ぐ……! まさか……!」

「罠……?」


そして草陰からバッと飛び出る影があった。



「アンドラス!」

「ミーナ、すまない。すぐにそこを開けるからな!」


アンドラスだった。

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