4-2

一方、同時刻。

アンドラス王子は早馬を走らせながら、森を駆け抜けていた。



「……みんな、今ならまだ間に合う。やっぱりここで君たちは降りたほうが……」

「ううん。……ミーナさんがいなかったら、僕はまだ……ひきこもっていたから……。その借りを返したいんだ……」

「私も。……ミーナは私を守ってくれたんだから……」



一緒にいるのはゼパルとテレーズだった。

平民であり馬に乗れない彼らは、アンドラスの後ろに乗せてもらっている。


「それにしても、君たちがあそこに居たのは有難かったな」

「うん。街で今度描く漫画のための画集がほしくて、ゼパルと来ていたの。けどまさか、ミーナがあんな……」


アンドラスはミーナの帰りが遅いことを心配して、繁華街を駆け回っていた。

彼にとって幸いだったのは、そこで偶然ゼパルと出会えたことだ。また、彼はミーナと思しき少女が怪しい男たちに攫われたのを目撃していた。


「それにしても、本当にこっちで正しいのか?」

「多分……もし間違えていたらゴメンね」


無論、ゼパルは彼女がどこに連れ去らわれたまでは分からなかった。

だが「だれがなぜ、どこに連れ去ったのか」について考えた結果、恐らくは犯人がサロメであると察しを付けていた。



「仮に君の推理が間違っていても責めるつもりはないが……なぜ、サロメさんが犯人だと思ったんだ?」

「うん……。だって、ランド君はさ……催眠アプリっていうんだっけ? で、ランド君を操っていたんだったんだよね?」


だが、アンドラスは首を振る。


「彼女はそう思っていたが……。確かに、王宮を出るまでは私は本当に操られていたんだ。あの板を見ると意識が遠くなり、全ての指示を聞きたくなる力がある」

「そうなの? 凄い力なんだね、その催眠アプリって……」

「ああ。だが、王宮を出たあたりであの板は力を失っていたんだ」


その理由は電池切れだが、そもそも電池という概念がない彼らにはその理由までは理解できていない。

だがそれを聞いて、ゼパルとテレーズは少し驚いたような表情を見せた。


「え……? じゃあ、ゼパル君はずっと正気だったんだね」

「それでも、ランドさんは王宮に帰らずミーナと一緒にいたってこと?」

「そうだ。……だから言っておくが、君たちと友達になりたいと思ったのも、催眠アプリの力じゃなく、純粋に私の意志だ。……その判断が正しかったと、今でも思うよ」

「そっか……ありがと、ランド君」


そういうと、ゼパルは苦笑して答える。


「ミーナさんのことは僕も憧れてたけど……。ランド君と付き合うなら祝福できるよ、二人をさ」

「ランドさんとミーナの結婚式、私たちも呼んでね?」

「はは、勿論だ。……っとすまない、話が脱線したな」


アンドラスは自分の話が本筋を外れたことに気が付き、ゼパルに向き直る。


「それで話を戻すとさ。多分サロメさんは、ミーナさんの持っている催眠アプリを『まだ動作する』って誤解しているんじゃないかな?」

「なるほど……それに彼女の視点だとミーナは『友達を奪った酷い奴』で、危害を加える動機もあるか……。確かに、単なる人さらいよりも可能性としては遥かに高いな……」


だが、彼のその発言はサロメに対する個人的な恨みが含まれていると感じたのだろう。

その発言には同意しながらも、アンドラスは質問した。



「だが、それだけでは彼女が犯人だとは分からないのではないか?」

「ううん。ランド君の話を聞いて分かったんだけどさ。今日、あの時二人がイスラフィールの街にいることを知っていたのは、サロメさんだけだったでしょ? それが決め手だよ」

「なるほどな……」


そこまで聞いて、アンドラスは理解できたように頷いた。

さらにゼパルは続ける。


「それで、その話が正しいとしたら、多分催眠アプリを奪った後、ミーナさんは彼女を王宮に連れていくはずだよ。なら、恐らくこの街道を必ず通らないといけないはずだから。走っていけば必ず追いつけるはずだよ」

「なるほど。……ありがとう、ゼパル君」


そう深々と頭を下げるアンドラスに、ゼパルは思わず恐縮するように手を振った。



「い、いや! まだミーナさんが見つかったわけじゃないよね? お礼をいうのはそのあとだよ!」

「そんなことはない。……君が私の友人なのは、私の誇りだ」

「は、はは……ありがと、ランド君」


だが、まんざらではないのか、ゼパルは嬉しそうな表情を見せた。


「それで……もしもミーナさんを見つけたらどうやって助けるの? 剣で斬りこむ?」


ランドの剣の腕はゼパルもよく知っている。

彼の卓越した剣術であれば、まず護送している兵を打ち倒せることは確かだ。だがランドは首を振る。


「いや……それだけはダメだ。ミーナは暴力が大嫌いだからな」

「けどさ、正義を守るためには力はいるよね?」


恐らくは漫画か何かの受け売りだろう。

そういうゼパルに対して、どこか遠くを見るようにアンドラスは答える。


「そうやって暴力を正当化する言葉を探せばキリがない。……だが、一度でもその言葉に縋ったら……二度目からはそれが『普通』になる」

「それがダメなの?」

「ああ。『暴力で問題を解決することを絶対に覚えるな』……。そうミーナは私に何度も言っていたよ。だから、私は彼女のその想いを何より大切にしたいんだ」

「それでミーナを危険に晒しても? それで彼女は喜ぶの?」

「そうだ」


ハッキリと答えたアンドラスを見て、テレーズは少し意外そうな表情を見せた。


彼女の極端なまでの暴力嫌いは彼女の家庭環境に起因するものであることをアンドラスは知っていた。そのことは口にしなかったが、ゼパルもそのことを察したためか、それ以上は尋ねてこなかった。


「わかったよ、ランド君」

「だが、安心してくれ。ミーナは必ず助けるつもりだ。……ゼパル君、手伝ってくれるか?」

「勿論だよ。……二人が幸せになってくれたら、それが一番だからね……あ!」

「どうした?」

「見て、これ!」


そういいながら、ゼパルは足元に続いている馬車の轍を指さした。



「この車幅の大きさと跡の深さ……! きっと、護送用の馬車が通ったんだよ、それもつい最近!」

「そうか……ということは、恐らく……」

「うん、ミーナさんもそこにいるはずだよ! いそごう!」

「ああ!」


そういうと、アンドラスは馬足を早めた。

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