第2話 もう一度、君に出会った日

 駅前の雑踏の中。

 人の声も車の音も遠く感じるほど、世界が静まり返った。


 目の前に立つ彼女は、あの日のままの笑顔をしていた。

 同じ髪、同じ瞳。

 そして、春風に揺れるスカーフまでも――あの時と同じ。


 「……美月、なのか?」


 思わず、名前を呼んでいた。

 だが彼女はきょとんとした顔で、首をかしげた。


 「えっと……どなたですか?」


 その声に、心臓が軋む。

 まるで他人のように、柔らかく、距離のある声だった。


 「す、すみません。人違いでした」


 無理やり笑って、その場を離れようとした。

 けれど彼女が呼び止めた。


 「待ってください!」


 振り返ると、彼女は小走りで近づいてきた。

 「人違いでも……今、私の名前、呼びましたよね?」


 彼女の瞳がまっすぐ僕を見つめる。

 心が揺れた。

 あの時と同じ目をしているのに、何も覚えていない。


 「……昔、大切な人の名前なんです」

 「そう、ですか……。ごめんなさい」


 彼女は少し俯いたあと、

 控えめに名刺を差し出してきた。


 > 桐原 美咲(きりはら みさき)

 > カフェ《Blue Leaf》 店員


 「よかったら……今度、コーヒーでも。

  “美月さん”のお話、聞かせてください。」


 その言葉に、胸の奥がざわついた。

 まるで“彼女自身”が僕の傷を見抜いているようだった。


 「……わかりました」


 名刺を受け取った指先が、かすかに震えていた。


 春風がまた吹いた。

 桜の花びらが舞い、彼女の髪をさらう。


 “同じ季節が、もう一度始まった”――

 そう思った瞬間、止まっていた僕の時間が、ほんの少し動いた気がした。

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