第3話 Blue Leafの約束
土曜の午後。
曇りがちな空の下、僕は名刺を握りしめていた。
――Blue Leaf。
駅から少し離れた路地裏にある、小さなカフェ。
ドアを開けると、柔らかなベルの音が鳴った。
コーヒーと焼き菓子の香り。
静かに流れるピアノの旋律。
そこに――彼女がいた。
「いらっしゃいませ」
微笑んだその姿は、やっぱり美月に似ていた。
けれど、少し違う。
声のトーン、髪の長さ、そして何より“目の奥の光”が。
「……来てくれたんですね」
美咲は席を示し、コーヒーを運んできた。
香ばしい湯気が立ちのぼる。
僕はマグカップを見つめながら、少し息をついた。
「こういう店、好きなんですか?」
「ええ。静かな場所が、落ち着くから。
……それに、コーヒーの匂いって、なんだか“懐かしい”気がして」
懐かしい。
その言葉に、心臓が一瞬止まりそうになった。
美月も、よく同じことを言っていた。
“コーヒーの香りって、過去の匂いみたい”――そう言って、笑っていた。
「……どうかしました?」
「いや、ちょっと、思い出してたんです。
昔のことを」
美咲は少しだけ笑った。
「その人のこと、まだ好きなんですね」
不意に胸の奥を突かれる。
図星だった。
言葉を返せず、黙り込む僕を見て、彼女はやわらかく続けた。
「好きな人を想い続けられるって、すごいことです。
きっと、その人も幸せですよ」
――まるで、美月が言っているみたいだった。
沈黙の中で、店の時計が小さく鳴る。
美咲は席を立ち、カウンターの奥に戻る前に、ふと振り返った。
「また、来てくださいね。
……次は、もっとお話がしたいです」
ドアの外に出た瞬間、春風が頬を撫でた。
胸の奥が、少しだけ温かかった。
美月ではない。
けれど――この人と話すと、心が呼吸を取り戻していく気がした。
もしかしたら、僕はもう一度――恋をするのかもしれない。
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