君がいない世界で、僕は恋をした

@go_to1

第1話 君が消えた春の日に

 春の風が、やけに冷たかった。


 大学の卒業式の日。

 桜が満開のはずなのに、どこか灰色に見えた。


 「……行くんだね、遠くへ」


 僕の言葉に、彼女――美月(みづき)は笑った。

 その笑顔は、何度見ても胸が締めつけられるほど綺麗だった。


 「うん。夢、だから。ずっと決めてたの」


 彼女はそう言って、白いスカーフを押さえた。

 春風が舞い上がり、彼女の髪をさらっていく。


 「寂しくなるな」

 「なにそれ。まるで、もう会えないみたいな言い方」


 彼女は少し拗ねたように笑った。

 僕はそれを見て、無理やり笑顔を作った。

 言いたいことは山ほどあったのに、どの言葉も喉の奥で絡まって出てこなかった。


 ――この時の僕は知らなかった。

 これが、彼女と交わす“最後の会話”になるなんて。


 ◆


 その翌日、美月は交通事故で亡くなった。


 あまりにも突然で、受け入れられなかった。

 昨日まで笑っていた人が、もうこの世界にいない。

 葬儀で彼女の写真を見ても、実感はなかった。


 「なんで、だよ……」


 掠れた声が、誰にも届かず消えていく。


 泣くこともできなかった。

 涙よりも、ただ心が“空白”になっていた。


 それから僕は、何かを感じることをやめた。

 食べても味がしない。

 笑っても、心が動かない。


 ――時間だけが、淡々と過ぎていった。


 ◆


 そして三年後の春。


 会社帰りの駅前で、僕は人混みの中に“彼女”を見た。


 見間違えるはずがない。

 声も、髪も、歩き方も、あの日のままの美月。


 「……え?」


 彼女がこちらを振り向く。

 目が合った。

 その瞬間、胸の奥が強く鳴った。


 「――初めまして」


 彼女は微笑んだ。

 まるで、すべてを忘れたように。


 僕の中で、止まっていた季節が音を立てて崩れ落ちた。

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