第5話「共闘」

 異世界に飛ばされた日の翌朝。

「おい、ナツミ。起きろ」

 心地良く眠っていると、布団越しに軽く蹴られた。

 こういうことをしてくる相手は高尾健人だと決まっている。

「んー、もう朝? もうちょっと寝させて……」

「おまえ、寝るの早いクセに起きるのは遅いんだよな」

 寝るのが好きだということだ。授業中にもよく寝ている。特に地理。

「泊めてもらってる上飯も用意してもらってんだから、時間通りに食べないと失礼だろ」

 こうした礼儀をわきまえているかどうかも、朱音と健人が釣り合っていないと言われる原因だ。

「まー、朔夜君を待たせるのは悪いかー」

 眠い目をこすりながら身を起こす。

「それから、俺たちの制服を洗ってる間の服も用意してくれてるらしいぞ」

 当たり前だが、自分たちは制服一式以外着るものを持ってきていない。今着ている寝巻も誰かが用意してくれたものだ。

「朔夜が選んだらしいから楽しみにしとけ」

 それは興味深い。

 一通り伝えると、健人は去っていった。

 寝室を出た朱音は、使用人に案内されるまま衣装が揃えられている部屋に向かう。

 朱音に貸与されたのは、切袴の着物。黒を基調としつつ差し色として赤が使われている。

 過去の日本そのものではなく異世界だというだけあって、どことなくモダンなデザインだ。

(そうそう。赤はこんな風にアクセントとして入ってる程度でいいのよ)

 着替えを終えた朱音は、朔夜が待つ茶の間に入る。

 健人の姿もある。先に着替え終わっていたようだ。

 彼の着物は濃い緑を基調としたもの。体格のよさもあって様になっている。

(無駄にかっこいいじゃん。クラスの女子はこの見た目に惑わされてんのね)

 悔しいが認めざるをえない。

 幼馴染でずっと一緒にいることをうらやましがられるのも仕方ないといえば仕方ない。

 朱音の格好を見た朔夜は顔をほころばせて感想を口にする。

「よくお似合いですよ。昨日は独特なお召し物でしたが、こちらの世界の装束で戦われる姿もきっと凛々しくて素敵でしょう」

 成人式で着るような和服は自分に似合わないだろうと思っていたが、この戦に適した装束なら自分にもマッチしていると思える。朔夜の賛辞は素直に受け入れられた。

「ありがと。この赤い線とかいい感じだよね」

 着物の一部を指差す朱音に健人が意外そうな言葉を発する。

「完全に赤が嫌いって訳でもなかったのか」

「別にそこまで嫌いじゃないわよ。アクセント程度なら普通にアリ」

 自分といえば赤、みたいに言われるのが心外だというだけだ。

「あく……せんと、とは?」

 また朔夜にはなじみのない表現を使ってしまったか。

「ああ、強調するものって意味かな?」

 衣服も新たにして、異世界生活が本格的に始まる。


 昨日同様薄味の朝食をとっていると、使用人が朔夜に呼びかけてきた。

「朔夜様、お食事中失礼いたします! 怪異の襲撃でございます!」

 怪異が持つ邪気は人間を強く蝕む。霊力の高い朔夜がこの人たちの心の拠り所となっているのだ。

「分かりました。お二人もご協力をいただけるでしょうか?」

「もっちろん! 困ってる人は助けるのがあたしの信条だからね!」

「これだけ世話になっといてなにもしない訳にはいかないわな」

 朱音は重霊刀を腰に差す。

「タカオはなんか武器あんの?」

「ああ。これを貸してもらうことにした」

 健人が手にしたのは両刃の剣。

 世界の法則とやらが正しければ、健人の腕力も怪異に通じるはずだ。

 三人は揃って屋敷の門を出た。

 怪異は二匹。大きさは中くらい。昨日の調子なら十分対応できる。

「タカオ! 怖かったら見てるだけでもいいのよ!」

「バカ言え。敵も二匹だ、俺とおまえで一匹ずつ妖鱗とかいうのを割るぞ」

 朱音と健人が、こちらの世界での常識を超えた力で怪異を弾き飛ばす。

 怪異の傷口から邪気があふれ出るが、朔夜が素早く二本の矢を撃ち浄化した。

 一本目のあと、即座に二本目を撃つ早業だ。

 傷口から霊力が入り込み、怪異の身体も消えていく。

「ホントに俺らが活躍できるんだな、この世界」

 健人は改めて、都合のいい異世界に来たものだと口にする。

「あたしは元々強いけどね。こっちに来ていよいよ本領発揮って訳よ」

「調子乗ってると痛い目に遭うぞ」

「痛いくらいドンと来いよ。今のあたしは無敵だからね」

 この高揚感は元の世界では味わえなかったものだ。

「朱音様、くれぐれも無理はなさらずに……。あなたにもしものことがあったら、私は……」

 朔夜は朱音たちを引き取った者として責任を感じているようだ。

 朱音たちにも、自己の身を守る責任がある。

「うん、分かった。一人で遠出したりはしないよ。せっかく朔夜君とタカオがいるんだからね」

「おまえ、朔夜に対しては素直だな」

「あたしはいつだって自分に正直でしょ」

「まー、ひねくれてはいないか。単純ともいうが」

 健人こそ素直にほめてくれないではないか。

「お二人とも、お疲れ様でした。屋敷に戻って休みましょう」

 朔夜の勧めで、あまり怪異と連続して戦わず、屋敷でこまめに休息を取ることになった。

 怪異の正体について、朱音はまだなにも知らない。

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