第6話「現代の遊び」
異世界に迷い込んでから数日経った。
この世界で初めて出会った朔夜という少年が親切だったおかげで、生活に不自由することはなく、早くもここでの暮らしに慣れてしまっている。
元の世界に帰る方法を急いで探す必要も感じなくなり、屋敷で穏やかに過ごしていた。
「ねえ、朔夜君ってなにか趣味ってある? よかったら一緒に遊ぼうよ」
朱音は、朝食を終えた辺りで尋ねてみる。
朔夜は普段机に向かっていることが多い。以前から異世界について研究していたとのことだが、朱音たちの登場でますますまとめなければいけない情報が増えているのかもしれない。
勤勉なのは感心だが、近い年頃ということもあり、朱音は友達らしく関わりたいと思っている。
「趣味……ですか。私は物心ついた頃から霊力を高める勉強ばかりで、あまり遊びらしい遊びを知らなくて……。世間のことにも詳しくないんです」
霊力の高さで身分が決まる世界の貴族。そのような生活をしいられるのも無理はない。しかし、朔夜にものびのびと遊ぶ権利はあるはずだ。
「じゃあさ、あたしが教えてあげるよ。虫取りとかどう?」
「こいつ、中身は小学生男子レベルなんだよな……」
横にいた健人がバカにしたように言う。
「なによ、大物が捕れれば誰だって……ああでも、朔夜君のキレイな肌が虫に刺されるとよくないか」
怪異も出現するこの世界で、うかつに森の中に入るべきでもない。
「まずは家の中でできることがいいかなー?」
朱音は活発な性格だが、完全なアウトドア派という訳でもなく、部屋でゲームをしたりマンガを読んだりしていることも多い。
問題は必要なものを取りにいけないことだ。
朱音が悩んでいると、朔夜がふと思い出したように尋ねてきた。
「朱音様と健人様は珍しい光る板のようなものをお持ちですよね? あれはどういった道具なのでしょう?」
「ああ! スマホがあるじゃん!」
朱音は制服のポケットからスマートフォンを取り出す。
ちなみに、服は貸してもらっている和服と、元々着ていた制服を交互に着るようにしている。制服を洗ってもらう時にスマートフォンを入れっぱなしにしていなくてよかった。
「それは、すまほ……というのですか」
「うん。スマートフォンの略でね、遠くの人と話すのに使えるんだけど、他にも色々遊べるんだ。これでゲームやってみようよ」
こちらに来てから使っていなかったので、幸い電池が残っている。オフラインのゲームなら遊べそうだ。
「念のため言っとくが、オンラインゲームはできないぞ」
「分かってるわよ! 今、オフラインのを探そうとしてたとこ!」
健人は朱音を相当なバカだと思っているようだ。
画面を切り替えて、買い切りのアクションゲームを起動する。
朔夜に画面を見せながら、主人公を操作する。
「これが、げーむですか」
朔夜は物珍しそうに目を瞬かせる。
「そう。この中で敵と戦うの」
朱音は画面上のボタンをタップして技を出し、敵を一掃してみせる。
「すごい術ですね。私たちの霊力でもこんなことはできません」
「朔夜君もやってみる?」
朔夜の方へスマートフォンを差し出す。
「うまくできないと中の人が殺されてしまうのでは……」
ゲームを全く知らない人はこう反応するか。
「大丈夫。ゲームのキャラク……登場人物は死んでも生き返るから」
「仮想的に作り出された人物ということなのでしょうか」
「そうそう! 朔夜君は賢いね!」
この程度の賛辞は聞き飽きているかと思ったが、朔夜の表情はうれしそうだ。
「それでは、やってみます。まずはどうすれば……」
「ここをタップ……は分からないか、指で軽く触ると敵を攻撃するの」
「こうでしょうか……?」
朔夜はおそるおそる画面に触れる。
簡単操作がウリのゲームだけあって、これでも何体か敵を倒せた。
「それからね、触ったまま指を動かすと、それに合わせてキャラクター――登場人物のことね――が動いてくの」
いちいち登場人物と言うのが面倒になって英語を覚えてもらうことにした。あとで、健人の端末に入っている辞書アプリも見てもらおう。
こうして、この日は怪異の退治だとか空間の歪みだとかの調査などには出かけず、遊び倒すことにした。
朔夜は朱音が提示するものすべてに目を輝かせた。それは朱音を慕ってくれているようでもある。
「朱音様は色々なことをご存じですね」
「いやー、それほどでも」
ほめられていい気になっていると、健人からつっこまれる。
「こいつの知識は向こうの世界じゃ別に珍しくないからな」
「それでも……私の知らないことを知っているという事実に変わりはありません。それを教えようとしてくださるお気持ちがあるということも」
朱音に対してここまで好意的な人が今までにいただろうか。一人だけいた。しかし、それも過去のことだ。
「朔夜君! あたしのことお姉ちゃんだと思っていいからね」
「朱音様が私の……」
「嫌かな……?」
自分で言っていて少し不安になった。
「いえ、願ってもないことです。私とこのように気さくに話してくださる方はなかなかいらっしゃらないので、とても新鮮です」
「やったっ。あたし、元の世界に帰るのそんなに急がないから、当分一緒に遊んでよう?」
「ナツミ……お前」
健人がどこか陰のある表情をしているが、今の朱音は特に気に留めなかった。
翌日。
「ああ! もう電池ない!」
朝食を済ませて、また遊ぼうかと思ったのだが、そううまくはいかなかった。
「そりゃあ、昨日あれだけ使えばな」
朱音も健人も、今日は和服だ。
服装に似合わない電子機器を片手に朱音は頭を悩ましている。
「なんか、なんか充電する方法は……!?」
使えるものはないかと、視線をさ迷わせるがないものはない。
そんな中、朔夜が意外なことを言い出した。
「その道具を動かす力……ですか。調べてみれば分かるかもしれません」
「ホント!?」
朱音がスマートフォンを手渡すと、朔夜は端子の部分をのぞき込む。
「電池……充電、とおっしゃいましたよね? ひょっとして、これを動かしているのは電気の力ですか?」
「あれ? 電気とか分かるの?」
「電気を用いた技術はこちらでも実用化されつつあります。これはより高度に活用したもののようですね」
「ああ、ここも現代だもんね」
和風の屋敷ばかり見ているとタイムスリップしたようにも感じるが、あくまで異世界であり、ここではここなりに技術は発展してきている。
「私の霊力で発生させた電気をこのスマートフォンというものに流し込むことはできると思いますが、壊れてしまう可能性もあります。どうしましょうか……?」
朔夜はやや不安げに尋ねてくる。
「うーん。そうだなあ……」
しばし逡巡したのち答えを出す。
「どうせすぐには帰らないし、イチかバチかやってみて」
朔夜のことは信頼しているし、仮に壊れたとしても彼に対してなら怒りも湧かない。
「分かりました」
朔夜の指先にバチバチと光が発生する。
その光がスマートフォンの端子に注がれると画面がついた。充電ケーブルをさした時と同じ反応だ。これは期待できそうだ。
真剣な表情の朔夜がスマートフォンに向かい続け、数分経ったところで朱音に差し出してきた。
「どうでしょうか? 明るく光るようにはなりましたが」
確認すると、十パーセントを切っていたバッテリーの残量が七十パーセントまで回復している。操作も問題なく受け付けており、壊れた様子はない。
「すごい! ちゃんと充電できてるよ! しかも普通にやるより速いし。やっぱり朔夜君の霊力ってすごいね!」
朱音が伝えると、朔夜は安堵した表情になった。
「よかったです。霊力だけが私の取り柄ですから」
「霊力だけなんてことないよ。朔夜君は優しいし上品だし、いいとこたくさんあるんだから」
朱音にほめられ、朔夜の表情はよりうれしそうなものになった。
「そんなこと言ったら、こいつは元気しか取り柄ないからな」
健人は朔夜の長所を認めつつ、朱音をバカにしている。
「なによ。それなら、あんただって顔と頭と運動神経と……」
言い返そうと思ったが、全然できていない。手先の器用さや人望なども残っている。
「仲睦まじくて素敵な関係ですね」
朔夜の目にはそう映っているのか。
無茶をしがちな朱音は、色々と健人にフォローしてもらっているが、仲良しだと言われるとなんとなく違和感がある。
「こいつのことは置いといて、俺のも頼めるか?」
「はい」
健人から渡されたスマートフォンにも朔夜は先ほどの要領で充電する。
これで生活に関する懸念が一つ減った。ネットにはつながらないが、それは仕方ない。
「じゃー、今日はカメラ機能使ってみようか」
朱音は健人と朔夜を連れて庭園に出る。
「朔夜君、そこの木の前に立ってみて。ああ、ついでにタカオもいていいよ」
「誰がついでだ」
文句を言いながらも健人は朔夜の隣に立った。
「はい、百五十割る七十五はー?」
「朔夜は普通に笑ってんだから黙って撮れ」
冗談の通じない幼馴染だ。
そうして、霊木をバックに二人の写真を撮る。
朔夜を撮ることはもちろん、健人の和服姿を撮るのも初めてだったか。
撮影した写真を画面に映して朔夜に見せる。
「こんな簡単に風景を残しておけるのですね。霊力で写影の術を使える方はいますが、ここまで鮮やかなのは見たことがありません」
やはり、元いた世界の技術は朔夜の興味を引くことができる。
そうしてなごやかな時間を過ごしていく。
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