第4話「異世界生活」

 健人も連れて卯月家に帰ってきた。

「へえ、こんなすごい屋敷で世話になってんのか」

 健人は、朱音には分不相応だと言わんばかりだ。

 今は茶の間で健人と一緒に食事を待っている。

 健人は手伝いを申し出ていたが断られ、朱音の頭にはハナから料理を手伝うという考えがなかった。

「このお屋敷で暮らせるなら別に元の世界に帰らなくてもいいかなー、なんて。朔夜君優しいし」

 冗談半分で言ってみる。

 半分は冗談だが、半分は本気だ。自分が強くあれる世界を早々に去ってしまうのはもったいない。

「おまえ、ふざけんなよ。あっちの世界に家族も友達もいるだろうが」

「って言ってもねー。親は、就職したら家出ろって言ってるし、友達はなんか薄情だしねー」

 行方不明のままだと心配をかけるだろうが、もし自由に行き来ができるなら、あいさつをしたあと、こちらの世界で生きていくのも悪くない。

「あのな、卯月家がいつまでもおまえの面倒見る義理なんてないんだぞ。こっちの世界で職を見つけて自立して生きていくなんてできると思うか?」

「まあ、そうだよねー。スマホもつながらないし、パソコンも車もないし、あたし一人じゃやってけないかー」

 さすがに朔夜の優しさに甘え続ける訳にもいかない。

 しかし、朔夜以外の者からは不審者扱いだ。自分の家を持てるとも思えない。

「朱音様、健人様。もうすぐ夕食の準備ができるそうです」

 朔夜がやってきて朱音の隣に座った。

 反対側には健人がいて、客観的には朱音が美男子をはべらせているかのようだ。

「やった、ご飯だ」

「おまえ、飯の時間は特に元気だよな」

 健人は朱音の性分をよく分かっている。

「なによ、お腹が減ってちゃできることもできないでしょ。怪異を退治するにしても、元の世界に帰る方法を探すにしても、まずはしっかり食べないと」

「なにもなくてもよく食うだろ、おまえは」

 そんな二人の会話を見て、朔夜は笑みをこぼす。

「ふふっ、お二人は本当に仲がよろしいのですね。少しうらやましいです。私には友人らしい友人がいませんので」

「朔夜君だってもうあたしの友達だよ。その他大勢が聞くと怒るんだろうけど」

 この家の使用人も、町を守る同心も、朱音と朔夜を対等とは認めない。それでも、朔夜が友達であることは、朱音自身の意志で決めた。

「うれしいです、本当に。朱音様はお優しいですね」

 朔夜の目には薄っすら涙が見える。そこまでなのか。きっと貴族として生きていると、庶民とは違った苦悩があるのだろう。

「こいつはすぐ調子に乗るからな。あんまナツミを甘やかしすぎるなよ」

「大丈夫ですよ。私の分も兄上が厳しくされるでしょうから」

 朔夜本人は引き続き甘やかしてくれる、と。ありがたい限りだ。

「朔夜様、お食事をお持ちいたしました」

 お膳が運ばれてきた。

 乗っているものはというと。

 白米に漬物、大根おろしを添えた焼き魚、ほうれん草のおひたし。

 屋敷の造りから想像した通りの和食だ。

「いただきまーす」

 手を合わせ、さっそく箸を動かす。

「予想はしてたけど、薄味だなー」

 元の世界の日本がいかに外国の影響を受けているか分かった。

 その感想に対し、朔夜が気まずそうに口を開く。

「主菜は私が用意したのですが、やはりお口に合わないでしょうか……? なにぶん慣れないことをしたもので……」

「あ、いや! おいしいよ! あたしの世界によくある、こってりした味付けじゃないなってだけで」

 あせって言い訳をする朱音に、健人がつっこむ。

「最初からケチつけんなよ、人の家で出してもらう料理に」

 それはもっともだ。話をそらそうか。

「さ、朔夜君は貴族なのに料理とかするの?」

 歴史の勉強はあまりしてこなかったので根拠はないが、高貴な立場の人間は台所に立ったりしないイメージだ。

「普段はしないのですが、朱音様を見ていると挑戦してみたくなりまして。兄上からは貴族に不要な経験だと言われてしまいましたが」

「あたしを見てて? やっぱり行動力があるって分かっちゃうかー。照れるなー」

「その分、無謀な挑戦もするけどな。いくら筋力で有利だからって、化け物相手に刀振り回し続けるなんてまともな現代日本人じゃないからな」

 健人にあきれられるのはどの世界でも同じか。

「ですが、霊力というものが発現する前の時代の女性は戦いに参加することがほとんどなかったと聞きます。ご本人に霊力がないのに戦う意志をお持ちの朱音様は勇敢だと思います」

 朔夜からは尊敬の眼差しで見られている。

 実際のところ、朱音は刀がなかったとしても素手で妖鱗を割って戦いに貢献するくらいのことはやってのけたはずだ。

 和気あいあいと食事をして、そのあとは入浴をすることになった。

 貴族の家だけあって、敷地内に温泉があるらしい。そこの湯にはわずかながら霊気が含まれていて、確かな滋養があるのだとか。


 脱衣所で制服を脱ぎ、かけ湯をして、さっそく温泉に浸かる。

(ふう……あったまるな……)

 今日我が身に起こったことを振り返る。

(捕まった時はどうなるかと思ったけど、朔夜君が優しくてよかったな。タカオがこっちに来てたっていうのも、ある意味安心か)

 この世界の一般人からは不審者扱いだが、味方が二人もいれば心強い。

(化け物が出るって聞いた時はちょっとビビったけど、むしろあたしが活躍するチャンスになってくれたし)

 元々クラスの女子たちよりは鍛えていたが、それでも常識の範囲内のことだった。世界の法則の違いとやらに救われた面は大きい。

(こっちの世界じゃ誰も使えなかった刀があたしには使えるって、ひょっとしてあたしって選ばれた存在なんじゃない?)

 異世界人だから強いということなら健人にも持てるはず。だが、最初に手にしたのは朱音だ。そこには運命的なものがあるのではないか。

(この世界で経験を積んでおけば向こうに帰ってからも悪い奴らと戦えるかもしれないし、積極的に怪異と戦っていこう)

 それが引き取ってくれた朔夜への恩返しにもなる。

(よし、明日からもがんばるぞ!)

 決意を新たにし、温泉から上がった。

 脱衣所にはいつの間にかシンプルな白い寝巻が用意されていた。

(ああ、そういえば自分ではなにも持ってこなかったっけ)

 計画性のなさを改めて思い知る。とはいえ、ヒーローは細かいことを気にしない。


 着替えを終えて茶の間に戻る。

「タカオ、温泉気持ちよかったよ。あんたも入ってきたら?」

「そりゃ入るって。丸一日風呂に入れなかったらそれこそ気持ち悪いからな」

 朱音と交代で健人が温泉に向かう。

「健人様。私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「もちろんいいって。こっちが居候なんだから」

 健人が朔夜の申し出に軽いつっこみを入れつつ、二人は部屋を出た。

「健人様から見た朱音様について色々うかがいたいと思っていたんです。湯に浸かりながらでしたら、よりくつろいで話せるのではないでしょうか」

 遠ざかっていく朔夜のそんな声が聞こえてきた。

 出会って間もないというのに、朔夜はずいぶん朱音に興味を持っている。

(異世界のこと前から調べてたから? あっちの世界から来たのはタカオも同じか。やっぱ、あたしが戦いで活躍したからじゃないかな!?)

 ヒーローは頼られてなんぼ。異世界の知識も、怪異を倒す戦力も喜んで提供しよう。

 しばらく待っていると、二人が戻ってきた。

(……! 湯上りの朔夜君色っぽい!)

 美少年だということは分かりきっていたが、シチュエーション次第でさらに魅力が増すと認識させられた。

(悔しいけど、タカオも結構な色男なんだよなー)

 下の名前に聞こえる苗字としてセットで見られるのはいいが、ちょくちょく釣り合っていないと言われるのが若干癪に障らないでもない。

 別に恋人でもないのだから、片方だけ顔とスタイルが良くても関係ないではないか。

「なんだナツミ? ジロジロ見て。俺たちの顔になんかついてるか?」

「やー、朔夜君はかわいいなーと思って」

「なるほど、俺にはかわいげが足りない、と」

 健人は拳を握ってみせる。

 本当に殴られはしないが、一瞬怯んでしまった。ヒーローらしくどっしり構えなければ。

「かわいい……ですか」

 朔夜はなんだか複雑そうだ。男子へのほめ言葉としては不適切だったか。

「あっ、弓撃ってるとことかは朔夜君もかっこよかったよ。凛とした感じで」

 取り急ぎのフォローだったが、単なるお世辞でもない。白夜が冷たい印象だったのに対して、朔夜は涼しげな印象。それぞれ、かっこよさはちゃんとある。

「あ、ありがとうございます……」

 ほんのちょっと付け加えただけで朔夜は満足してくれたようだった。

「それで、悪いが寝床も貸してもらっていいのか?」

「はい。お二人は大事な客人ですから」

 健人の問いにうなずく朔夜。つくづく、いい子だと思う。

 その厚意に甘えすぎるのはよくない。

「一番せまい部屋だけでいいよ。あたしとタカオがギリギリ入れればいいから」

「ちょっと待て。それは同室ってことか?」

 朱音の口振りに健人が反応する。

「なによ? 遠慮しろって言ったのはタカオでしょ?」

 食事に文句をつけるべきでないなら、寝所に関してもぜいたくを言わない方がいいのではないか。

「それはそうだが、男女で同室はな……」

「あたしとあんたで、今さらそんなこと言う?」

 朱音と健人の付き合いは幼稚園児の頃からだ。一緒に寝たことくらい何度もある。

「うーん。私としては、別々に寝ていただけた方がうれしいかな……と」

「え、そう?」

 朔夜の意見に逆らう理由はない。節度を考えれば健人と朔夜が正しい。おそらくこちらの世界の方が男女の節度については向こうより厳しいだろう。

 ただ、朔夜の物言いに個人的な感情が入っているように思えたのは気のせいか。

「じゃあ、部屋のことは朔夜君に任せようかな」

 朔夜の判断なら、家の者も含めて誰も不満は言うまい。


 卯月家の使用人は仕事が速く、朱音はすぐ布団に入れた。

 部屋の広さはそこそこ。朔夜の性格だと豪華な部屋を用意しかねないが、こちらが恐縮してしまわないかという点も考慮してくれたようだ。

 暗い部屋で一人になると、温泉に入っていた時とは違った感情が出てくる。

(朔夜君はこれまでも怪異と戦ってきたんだよね……。霊力があるっていっても、やっぱり危ないんじゃ……)

 ひょっとすると、この世界は死と隣り合わせが常識なのかもしれない。

(あたしとタカオが帰るだけじゃなくて、朔夜君もあっちの世界に連れていってあげられないかな?)

 そんなことは卯月家の人間が許しそうもない。

 だが、たった一日で、朔夜がいかに優しいかを知ってしまった。危険からは遠ざけたいと願うのは人として当然の気持ちではないか。

(せめて、あたしがこっちにいる間は守ってあげないと!)

 そう意気込みつつ、温かな布団に包まれて眠りに落ちていった。

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