第3話「怪異を討つ力」
護衛は数人だけ。霊力の使えない者があまり多くいても、かえって朔夜の負担が増えるという理由からだ。
「空間の歪みは前々から見つかることがありました。おそらく朱音様は、特に大きな歪みに巻き込まれたのだと思います」
「じゃあ、大きな歪みを見つけて、そこに飛び込めば帰れるのかな?」
このまますぐ帰るのは惜しい気がする。
「いえ、朱音様の世界につながっていることを確認してからでないと危険でしょう。どの世界でもない狭間に入って出られなくなる恐れもあります」
「そっか」
「あわてず、ゆっくり探していきましょう。私もせっかく朱音様と出会ったのですから、もうしばらくお話がしたいです」
朔夜は控えめにほほえむ。
その美しさにドキッとしてしまった。
そんなやり取りに水をさすように不気味な気配が近づいてきた。
朔夜の目つきが鋭くなる。
「……怪異ですね。気をつけてください。重霊刀が霊気を持っているといっても、鉄に含まれる霊気だけで怪異を完全に滅することは難しいですから」
やはり、強い霊気は高い霊力を持つ人間にしか発することができないらしい。
一行の前に、全身が黒く染まった四本脚の獣が飛び出してきた。高さは人の膝辺りまでだ。
「あれが怪異? よし、重霊刀の試し斬りだ!」
朱音は小型の怪異に向かって飛び出す。
「朱音様、そんないきなり――」
「はあっ!」
朔夜の心配は杞憂とばかりに、朱音は怪異を一刀で斬り捨てた。
「いける! いけるぞ! あたしは強い!」
気付いた時にはさけんでいた。
化け物を刀で斬って倒す――まさに朱音が思い描いていたヒーローだ。
「まさか妖鱗も邪気も一度に斬り裂くなんて……」
「ヨウリン?」
朔夜の口から聞き慣れない単語が出たので尋ねる。
「怪異の体表を包む強靭な物質です。それを破壊しないと破魔の矢も届きません」
朔夜の答えのあとに、護衛の人たちが不満げに告げてくる。
「本来なら妖鱗を砕くのが我々の役目なのだがな」
彼らの役目を朱音が奪ってしまったということか。
「いやあ、悪いわね。あたしの方が強いんだからしょうがないわよ」
だんだん調子に乗ってきた。
今度は数段大きな怪異が現れる。
「さすがに一太刀では済まない相手です! どこか一点を突いて妖鱗に穴をあけてください」
「あたしの敵じゃないわ! 頭丸ごと斬ったら死ぬでしょ」
朔夜の助言を聞くことなく、朱音は怪異の首を落とした。
怪異の傷口から黒い煙が出てくる。
「うわっ!」
これが邪気だ。先ほどは怪異が小さかったためよく見ないままだった。
「朱音様!」
朔夜が矢をつがえ、朱音の前方の地面に撃ち込む。
すると、辺りを温かな光が満たして邪気は消えていった。
「これが……朔夜君の霊力?」
なんて澄んでいるのだろう。朔夜の心の在り方が表されているかのようだ。
怪異の死体も消滅していく。
朔夜の口振りからすると、今のはなかなかの大物なのではないか。それを、邪気こそ危なかったが、さほど苦戦せずに仕留められた。
なんだかうれしくなってくる。
「妖鱗をたたっ斬るあたしの刀と、邪気を浄化する朔夜君の矢。あたしたちが組めば最強じゃない!?」
刀を納めた朱音は、朔夜の手を握る。近くでみると、色白で細いのがよく分かる。
「あ……」
対する朔夜は頬を赤らめ視線をそらした。
異性と触れ合うことには慣れていないのか、あるいはこの世界でははしたない行為だったか。
タイムスリップではなく異世界転移だったということは、時代そのものは元の世界と同じのはずだ。しかし、日本古来の風習が色濃く残っているのであれば異性間の交流は慎むべきものなのかもしれない。
「あ、ごめんね。いきなりなれなれしくして」
朱音はあわてて手を放す。
「い、いえ……」
朔夜の表情が若干残念そうに見えたのは気のせいか。
「まったくだ。この方をどなただと心得る。本来であればきさまのような下賎の者は謁見することすら叶わぬのだぞ」
護衛の人たちは朱音を快く思っていない。
この世界では霊力の高い人間が偉いのだ。そして、朔夜は類い稀な霊力を持っている。
腕力が強いだけの朱音では彼と釣り合わないのだろう。
(それにしたってここまで言わなくても……)
朔夜本人が朱音を友達のように扱っているのだから、その気持ちを尊重するべきだというのが、朱音の世界での一般的な価値観であろう。
郷に入っては郷に従え、とはいわれるが。
そんなやり取りをしていると、覚えのある声が聞こえた。
「おまえ……ナツミか!?」
この世界にはないブレザーの制服と薄茶色の髪。朱音の幼馴染・高尾健人に違いない。
「タカオ! あんたもこっちに来てたの!?」
「こっち……って、ここどこなんだよ。いきなり見たことのないところに放り出されて混乱してるんだよ。変な化け物もいるし……まあ、見た目ほど強くなかったから追い払えたけど」
この世界の住人に比べて腕力が強いのは朱音と共通だったので無事に生きていると。
考えてみれば、朱音がこの世界に飛ばされた瞬間すぐそばにいたのだから、空間の歪みとやらに健人も巻き込まれていておかしくはない。
「朱音様のご友人でしょうか?」
続けざまに異世界人が現れ、目を丸くする朔夜。
「あー、高尾健人っていってね、一応あたしの幼馴染」
「一応ってなんだ。いや……幼馴染じゃないってんならそれはそれで……」
朱音が朔夜に紹介する傍らで、健人はもごもご言っている。
「健人様ですね。朱音様と同じ世界から来たのでしたら、帰る方法とそれが見つかるまで生活する場が必要ですよね。私の屋敷にいらっしゃいますか?」
「朔夜様! 不審な人物をこうもやすやすと……」
護衛が朔夜をいさめようとするが、彼はそれを聞き入れない。
「朱音様もそのご友人も、私の目には信頼に足る人物に映ります。私の眼力を信用されませんか?」
「いえ、それは……」
いくら朱音たちを疑っていても、護衛たちは朔夜に逆らえない。霊力が高ければ眼力も優れているという面もありそうだ。
それなら、健人も含めて卯月家の厄介になるのは問題ない。
「助けになってくれるのはありがたいが、そもそも俺はどういう状況なんだ?」
朱音や朔夜と違って、健人はまだ困惑している。
朱音は、先ほど知らされたことをかいつまんで説明した。
「異世界……そんなモンが本当にあるのか……?」
健人の目は半信半疑といったところ。
「信じられないなら……朔夜君、またあの炎出す奴やってくれる?」
朱音は朔夜に頼もうとしたが、護衛が文句を言ってくる。
「きさま、朔夜様の術をそう軽々しく……」
「いいえ、私の霊力は怪異と戦うためだけのものではありません。朱音様のご希望でしたら――」
今度も護衛を制して力を貸そうとしてくれる朔夜だったが、健人がそれを止める。
「いや、今のナツミの目は冗談を言ってる時とは違うな。突拍子のない話ってだけで、信じられないってことはない」
思いのほか、健人は朱音を認めているらしい。
そんな健人に朔夜が尋ねる。
「追い払った怪異がどちらに向かったか分かりますか? 退治しておかなければ人里を襲うかもしれません」
「まあ、なんとなくな」
健人の示す方へ歩いていき、何度か怪異を見つけた。
その度、朱音は果敢に刀を振るって怪異を倒していった。
多少の切り傷を負ったり、邪気を吸い込んだりもしたが、それほど苦しくはない。
それどころか、元の世界に戻ること以上の目標に近づいている気がして清々しかった。
「無茶ばっかしやがって。そのうち死ぬことになるぞ」
健人は、調子づいている朱音にあきれながら忠告するが、今の朱音には届いていない。
「死んだら二階級特進でしょ」
結局、空間の歪みは見つからず、日が暮れてきたということで、健人も連れて卯月家に帰った。
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