第2話「卯月家」

 卯月家に引き取られることになった朱音。

 広い屋敷の一室で朔夜と話し合う。

「これからどうしようかな。帰る方法見つかるといいんだけど……」

「おそらく、一朝一夕には難しいと思います。ひとまずはこちらでの暮らしに慣れていただくのがよろしいかと」

 貴族だけあって朔夜の物腰は丁寧で、朱音のような異邦人にも礼儀正しく接してくれる。

「あ、申し遅れました。私は卯月朔夜です。どうぞ、よろしくお願いいたします」

 朔夜は畳に両手をついて名乗ってくる。

 さすがにこうも敬意を払われると、立場が逆に思える。

「あ、あたしの方こそ! 夏見朱音です、よろしくお願いします!」

 朔夜にならって朱音も畳に両手をついた。

「それでは、こちらの世界について基本的なことを説明しなければなりませんね。先ほど私が炎を出したり宙に浮いたりしたのは、マホウ……という力ではなく、霊力と呼ばれています」

 顔を上げた朔夜は、柔和な態度を崩すことなく話し始めた。

「霊力かぁ……。あたしの世界にも言葉自体はあるよ。本当に使える人はいないと思うけど」

 朱音の世界だと主に幽霊をどうこうするような能力として語られている。朔夜の世界のものは少し違うようだ。

「この霊力は怪異を討つ力とされています」

「カイイ?」

「触れると病気のようなものに蝕まれる邪気を持った獣です」

「要するにモンスターね。分かる分かる」

 異世界に登場する定番の生物だ。

「もんすたーという生物は聞いたことがありませんが、ご理解いただけたなら幸いです。そして、この怪異の脅威は大きいため、卯月家のように高い霊力を持つ一族は高い地位に就いております」

「あー、やっぱり、貴族には高い霊力があるんだ」

 朱音の言葉を受けて、朔夜はわずかに表情を陰らせる。

「どちらかというと、高い霊力を持っていると貴族になれる、貴族であり続けることができる、と考えていただいた方が正確ですね」

 なるほど、順序が逆なのか。

「大昔の貴族の地位は世襲であり、簡単に上下が入れ替わることはありませんでした。ですが、今は霊力の高い子供に恵まれなかった貴族はすぐに没落してしまいます」

「そっかぁ……こっちの世界の人は大変なんだね……」

 化け物がいる上、霊力を使ってそれらを倒さなければならない、と。

 この世界にはそんな危険があるとなると、ますます無事に帰れるかどうか不安になる。

 そうして話していると、人の気配が近づいてきてふすまが開いた。

「きさまか、卯月家に侵入したというのは」

 現れたのは、銀髪が腰より下まである青年。

 冷たい空気をまとった彼の後ろには従者らしき男性が一人控えている。

「えーと?」

 おそらく偉い人だが、どう対応していいか困る。

「卯月家当主・卯月白夜びゃくやだ」

 プライドの高そうな青年だが、朱音がまごまごしていると向こうから名乗った。

 卯月ということは朔夜の血縁者か。

「私の兄です」

 朔夜が耳打ちしてくる。合っていたようだ。

「あたしは夏見朱音……。えーと、よろしく、白夜……さん?」

「白夜様とお呼びしろ」

 中途半端なあいさつをしたら白夜の従者に怒られた。

「はい……」

 ここは素直に言うことを聞いておくべきだろう。

「私のことは呼び捨てで構いませんよ。私の方が少し年下のようですし」

「呼び捨てはさすがにアレだから……朔夜君で」

 朔夜の言葉に甘えると、白夜の従者からはにらまれた気がした。本人が許すならいいだろうに。

 それから朔夜は、白夜に対して朱音の事情を話す。

「私の独断ですが、朱音様には客人として卯月家に滞在していただくことにしました。どうやら彼女は異世界から来たようなのです」

「異世界……?」

 白夜の眉がピクリと動く。

「おまえの研究が実を結んだということか」

「いえ、朱音様がいらっしゃったのは偶然ですが、新しくなにかが分かるかもしれません」

「ふん……。だといいがな……」

 白夜の態度はやはり冷めている。追い出されないのが救いだ。

 しばらく世話になる以上、朱音には元いた世界の情報を朔夜たちに提供する義理があるのではないか。

「あの、あたしはこれからなにをすれば……?」

 朱音に質問されて、白夜は切れ長の目でこちらを見据える。ちょっと怖い。

「霊力をまるで感じん。ただの人間なら倉庫の整理でもやっておけ」

 新しい使用人のような扱いだ。この世界だと霊力のない人間は身分が低いのだった。

 白夜はそのまま去っていく。

「えっと、じゃあ、言われた通り倉庫の整理やろうかな? 力仕事は得意だし」

 学校のクラスメイトにはさして評価されていないが、ヒーローを志す者としては力が強いのも自慢だ。

「雑用はともかく、なにかしら武器は見つけておいた方がよいでしょうね。帰る手段を探すには外出も必要ですし、外に出れば怪異の危険がありますから」

「あっ、そうだったね。武器か……剣道とかやっとけばよかったのかな……」

 今さら悔やんでも仕方ないので、朔夜と共に倉庫へ向かう。

 着いた先はそれほど散らかっていなかった。朔夜が意図的に仕事の少ないところを選んでくれた可能性が高い。武器らしきものもいくつか並んでいる。

「少し物をどけたら、朱音様の護身用の武器を決めましょう」

「ああ、物動かすのはあたしがやるよ。居候させてもらうんだし」

 朱音は、位置のずれていたいくつかの箱などを適当に重ねていった。

 鍛えている朱音にとっては楽な仕事だ。すぐ片付いた。

 この部屋にある武器は、刀・両刃の剣・槍・弓といったところだ。

「私は普段弓を使っています。矢に霊力を込めることで邪気を浄化できるのです」

「へえ、すごいね。なんか様になりそう」

 朔夜は線が細いので、戦いには向いていないように思っていたが、破魔の矢を撃つ姿はなんとなく想像できる。

「あたしはなにがいいかなー。リーチが長いのは槍だけど、刀もロマンがあるしなー」

 迷っていると、一本の黒い刀がやけに目を引いた。

 霊力のない朱音にも、あれは強い刀だと察せられる。

「これにしようかな」

 朱音はその刀に近づくが、朔夜は申し訳なさそうに首を振る。

「あれは霊気を帯びた重霊鉄じゅうれいてつで打った刀なのですが、重すぎて誰も振れないので放置されているのです」

「ふーん。そうなんだ」

 朔夜がこう言うのだから、さっさと別の武器を選べばいいのだが、好奇心が勝った。

「どれどれ」

 果たして持ち上げられるのか、と試してみる。

 まずは片手で。

「……? 軽いじゃん」

 あっさりと持ち上げられた。腕が疲れるほどですらない。

「え……そんなはずは……」

 朔夜は目を見開く。

「こんなの片手でも振れるよ。ほら」

 朱音は、誰も振れないとされていた刀の刃で十字を描いてみせる。

 朔夜の言葉を否定したいのではないが、軽いものは軽い。

 驚愕した様子だった朔夜だが、やがてなにか思い当たったようだった。

「そうか、世界の法則の違い……。世界が違えば標準的な筋力も違う……」

「標準の違い……そういえば、こっちに来てからなんか身体軽いかも」

 朱音はその場で跳ねてみる。

 大きく力を入れたら身長と変わらないくらい跳べた。

「朱音様……その格好でそんなに大きく動くのは……」

 朔夜が顔を赤らめる。

「ああ、スパッツ穿いてるからいいかと思ったけど、こっちの世界だとまずいか」

 元の世界でも行儀がいいとはいえないのだが、和服が基本のこちらの世界だとなおさらだ。

「でも、すごいですね。私たちも術の力で短時間浮遊することはできますが、筋力だけでそこまで跳べる人は見たことがありません」

 朔夜は目を輝かせている。こんな目で見てもらえたのは初めてかもしれない。

 間違いない。異世界人である朱音は、この世界だと圧倒的に膂力が優れているのだ。

 同心たちが朱音を取り押さえた時、手加減していたのだと思っていたが、この世界の住人としてはあれで本気だったのだろう。

「あたし……こっちの世界だと強いんだ……」

「朱音様! その重霊刀じゅうれいとうは兄上でもほとんど振れませんでした。振ることができるなら、あなたが持つべきです!」

 朔夜は高揚した表情で勧めてくる。

「あたしがこの刀の使い手……!」

 胸に熱いものを感じる。

 並の人間とは違うヒーローに憧れていた。その夢が一時的にでも叶うのだ。

 その後、朱音はシャツの上に帯を巻いて刀を固定した。

 予想以上の得物が見つかったということで、早くも外へ出てみることになった。

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