二つの顔をもつ男
ニポ
二つの顔を持つ男
俺、アルフェッカは、小汚いが普通の子どもだった。
ただ、親に恵まれなかった。賭博で借金地獄に陥った父。それを見限って出て行った母。
居場所はなかった。家にいても怖い人が来る。
父が逃げ回っているうちに、怖いお兄さんたちと顔見知りになった。借金取りだと知ったのは、ずいぶん後のことだった。
父はたまに帰ってくるが、俺は世話をされた記憶がない。俺に飯をくれたのは、怖いお兄さんたちだった。そのうち、父よりもお兄さんたちを信用するようになっていった。
お兄さんたちは、俺を盗賊団に斡旋した。あまり外に出なかったので知らなかったが、とても有名な盗賊団らしかった。(お兄さんは父から奪った俺を盗賊団に売ったらしい。なるほど、商売とはこうするのか、と感心した)
盗賊団は、魔物の巣の奥に拠点を構えていた。大規模な魔物の討伐隊でも来ない限り、安全だった。俺は雑用係だった。なんでもさせられた。炊事、洗濯、見張り……。
メンバーは、ある時は、
またある日は、貴族のお坊ちゃんが献上品を携えて、一人で街道を通って王の元へ謁見に向かうっていう情報を得て、そこを襲撃したり。(情報は、メンバーがあちこちから集めてきたものを、リーダーがまとめていた)
親がいないことで培った生活力を使って、「俺の居場所」を作った。言われたことさえこなしていれば、生活は保障される。こづかいだってもらえる。天国のようだった。
ある日、リーダーの部屋掃除を命じられた。机の上に、手配書を見つけた。この盗賊団にかけられた懸賞金をみて、俺は目をむいた。想像もできないくらいの大金だった。
こんな手配書が出ているなんて、誰も言っていなかった。リーダーの情報統制のため、メンバーは知らないんだろう。
俺の心に、暗い炎が灯った。
それからは、がむしゃらに命令に従った。なんでもした。偵察、拉致監禁、盗賊たちの夜の相手……。
屈辱的ではあったが、この先のことを考えるだけで何でも我慢できた。
そうして、盗賊団と生活しているうちに、孤児とされる年齢ではなくなっていた。
メンバーが狩り(彼らは盗みに入ることをそう表現していた)に行った隙に、俺は手配書を握りしめて衛兵の詰め所に駆け込んだ。拠点の場所、メンバー構成、リーダーの所在。洗いざらい全部ぶちまけてやった。
俺は仲間を売った。一生かかっても使い切れないんじゃないかと思うような金額で。
衛兵に名を問われ、不意に、いつだかの貴族のお坊ちゃんのことを思い出した。
「俺の名前は……ゲンマです」
それは、いつかリーダーの部屋で見た襲撃計画に書いてあった名だ。家の名前でも、お坊ちゃんの名前でも、持ち物でもペットでも、なんでも良かった。盗賊アルフェッカの名さえ捨てることができるなら。
俺、ゲンマがタレコミをしたことで、国の騎士団は拠点の情報を得て、大規模な魔物の討伐隊くらいの軍勢を準備したらしい。例の盗賊団は壊滅したと聞く。
懸賞金は、俺が全額もらえることになった。いつか見た懸賞金の金額より、さらに多かった。お坊ちゃんの家が数年前に、懸賞金の上乗せをしたらしい。それを俺がもらうなんて、皮肉なもんだ。
ついでに言うと、お坊ちゃんの家は、後継ぎがいなくなったことで取りつぶしになったらしい。盗賊に家ごと盗まれたんだ、なんて町の人が言うのを聞いた。
懸賞金を元手に、少し離れた集落に家を買った。「俺の新しい居場所」だ。誇らしい気持ちになった。金ならある。山ほどある。
新しい居場所を、居心地よいものにしたい。家の周りを整備した。新しく井戸を掘り、道を整備した(もちろん自分でやったわけではない。金の力に任せた)。
地域が住みよくなったと、町の人に感謝された。気持ちよかった。
俺は、今ある金を増やそうと、金貸しを始めることにした。金なんて、いくらあったっていい。もちろん、幼い頃俺を苦しめたような、あくどいやつだ。まともな商売をして、大きく儲けられるわけがない。
夜の間だけ開く金貸しだ。町外れの路地裏に小屋を用意した。俺は町の人に感謝されるような「いいひと」だ。俺の店だと知られるわけにはいかない。
まともじゃない金貸しから借りようとするなんて、まともじゃないやつばかりだ。
対抗するため、仲間を集めた。といっても、金を積んだだけだ。
金を返さない輩から取り立てるために、荒事担当の「先生」を雇った。俺が支払う金のためなら、どこまでも非情になれるヤツだ。
もう一人は諜報担当の少年「バラン」。こいつは子犬みたいなやつ。俺の何を気に入ったのか、尻尾を振って近づいてくる。「こんなに悪いのに善人面できるゲンマさん、かっけーッス!」なんて気持ちいいことを言ってくれる。こづかいをやろう。
良くない金を借りようとするやつは、よく偽名を使う。それは構わない。ただ、帰る家は偽装できない。バランに、小屋から帰る債務者の跡をつけさせて、ヤサを特定する。あとは金を返さなければ先生の出番だ。
昼は町の整備に小金を使い(いつの頃からか町の人間は、町をどうしてほしいみたいな要望を俺にいうようになっていた)、夜は高利貸しをするという生活が続いていった。
そうして、町での俺の地位が揺るがなくなってきた、ある日。そいつはやってきた。
夜の小屋に、金を借りにやってきた。アルフェッカを知る人間。かつて例の盗賊団にいた、ベレクスだ。当時から比べると、やせ細ってしまって面影はないが、きっとそうだ。
全滅したはずなのに、何故?
俺は動揺した。ついたての向こうからは、こちらの顔は見えない。あの日盗賊団を売った俺だとはバレないはずだ。
金は貸した。名前は違った。偽名かもしれない。ヤサも特定した。大丈夫、ここにいるのはゲンマだ。復讐に来たわけではない。自分に言い聞かせた。
そうだ、返済が滞れば、先生にお願いして始末すればいい。そう思っていたのに。
ベレクスは、几帳面に金を返し続けた。
俺の知っているベレクスではないのか?
返し続ける力があるのに、なぜここに借りに来た?
やはり、俺の偵察のためか?
俺は疑心暗鬼になっていった。
夜の貸金の店をひらけなくなった。
町の人間が土地の整備を申し出ても、俺はそれを無視し始めた。ご丁寧にも、それはバランが対処しているようだった。
俺は、家に閉じこもった。
幸い、金だけはある。先生に定期的に支払いをしておけば、それ以上の金は入ってくる。
バランも俺の心配をしてくれる。けれど。
俺は、どうしたらよかったんだ。鏡の中の汚れた男に自問した。
<おわり>
二つの顔をもつ男 ニポ @nipo-fruit
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