怪談蒐集家 ー狂騒の夜に化けるのはー
音夢音夢
狂騒の夜に化けるのは
「ハッピーハロウィン、
「……クオリティが本気すぎる……」
十月三十一日、学校から帰った古和玖を迎えたのは蝋燭の灯る薄暗い部屋。
何やらおどろおどろしいBGMを流すラジオカセット。
そして、妙に高級感の溢れる衣装に身を包んだ満面の笑顔の
奇はるんるんと踊りだしそうなほどの機嫌のよさで部屋の飾りを整える。
「そりゃあ本気にもなるでしょう。だってハロウィンの意義をよく考えてみてください、古和玖。ありとあらゆる怪談と遭遇するためですよね?」
「それは奇の中だけにある辞書じゃないの?」
古和玖は呆れながらかばんをおろし、テーブルをちらりと見やった。
そこも惨状。
人の目玉や虫やカエルを模した料理の数々。どこで手に入れたんだろうかこんなもの。
「そしてハロウィンに仮装するのは、異界から遊びに来る素敵な怪異たちに仲間だとアピールし、友好関係を築くためです」
確かにハロウィンに仮装するのは異界からやってくる妖怪たちに仲間だとアピールするため、という知識は古和玖にもある。そこまではいい、だがしかし。
「そうすることで襲われないようにして、身を守るんでしょ?」
「そういうわけでガチのコスプレをすればするほど、仲間と間違って大勢の怪異が寄ってくるんですよ。つまり今の俺は怪談ホイホイです」
「同居相手間違えたかな……」
微塵も古和玖の訂正に耳を貸すことなく決めポーズを作る奇に、古和玖は激しい頭痛と、今まで何度となく浮かんだ疑念に襲われる。
「ちなみに聞くけど、なんで仮装がヴァンパイアなの?」
「俺の美しさが一番映えるからに決まってるじゃないですか」
当然だと言わんばかりにちろりと牙を見せて、奇はいけしゃあしゃあと答える。
実際にきらきらしく眩い仕上がりなのが余計に腹立たしい。
「仲間だと勘違いしてもらうためにはなるべく自然な仮装である必要がありますから、最大限元の素材は活かさなければ」
「聞かなきゃよかった」
「ほらほら、古和玖も仮装しましょう仮装! 古和玖だって綺麗な顔なんですから、きっと似合いますよヴァンパイア」
「なんで僕のぶんまであるんだよ……言っとくけど、僕は仮装なんかしないからな」
奇に背中を押されて眉根を寄せる古和玖に、奇は「おや?」と首を傾けた。
いつもと違い一つに結われた豪奢な金髪が、白い首筋を伝って肩に流れる。
「ですが古和玖、ハロウィンに仮装するのは俺たちの特権ですよ」
「小学生以下の子どもたちの特権だよ」
「そういうことではなくて」
古和玖の背中を押していた奇は目の前に回り込んで、古和玖と目線を合わせ微笑んだ。
「妖怪に仮装できるのは、俺たちが人間だからでしょう? 本物のあやかしは、あやかしに仮装なんてできませんよ」
眼鏡の奥で、古和玖の瞳が一瞬、虚を突かれたように丸くなった。
黒い瞳が、じわりと煌めく。
「楽しみましょう、せっかく人間としてのハロウィンですから」
奇は銀色の瞳をつややかに細め、本物の人外と見紛う美しい顔立ちに深紅の薔薇が咲くような笑顔をたたえる。
それからぱっと立ち上がると、軽やかに楽しそうに古和玖を見下ろした。
「それにもし万が一古和玖が怪異と間違われて連れ去られそうになっても、俺が全力で守りますよ。俺は一度集めた怪談は、絶対に誰にも譲りませんので」
「嬉しいような、嬉しくないような」
古和玖は小さくため息をついて、それからふっと唇をほころばせた。
奇につられた楽しそうな笑みで、奇を見返す。
「……それに奇の全力は、二秒持つかわからないしね」
「あはは、否定はしません」
それで、と奇はくるりと身を返し、いそいそとどこからか衣装を持ってきた。
「するでしょう? 仮装」
「……一瞬だけだよ」
古和玖は衣装を受け取り、苦笑する。
そうだな、こういうのも悪くない……いや。
(いいなぁ、こういうの)
もう諦めていたはずの、自分は通れないはずだった道。
「ハッピーハロウィン、奇」
古和玖はふわりと笑うと、衣装に着替えるべく部屋からいったん引き上げた。
まるで怪のように、人間らしく過ごす夜。
さて、まずは。
あやかしに化けて、まるで人外みたいな食事でも楽しもうじゃないか。
怪談蒐集家 ー狂騒の夜に化けるのはー 音夢音夢 @onpurin
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