スマホの中のゴシック体

祭煙禍 薬

スマホの中のゴシック体

 秋の初めの夕暮れ、電車の中で、いつも通りの帰り道の中、スマホをピコピコしていただけなのだ。

 気が付くと、ゴシック体がゆらゆらと動いていた。 明朝体ではなくゴシック体、少し癖の強いあの太いゴシック体。

ゴシック体は私の読もうとした文章など知ったこっちゃないと言わんばかりに揺れる。

いや、揺れている、いや規則があるのか?

 よく見ると、ゴシック体は揺れているのではなく、踊っていた。阿波踊りとリンボーダンスを足して二で割ったような奇怪で奇天烈な踊り。

 疲れている私とは対照的に、とても楽しそうにゴシック体は踊る。

 幻想的とは程遠い、子供のお遊戯会のような雰囲気の無邪気な雰囲気に癒されるような気もしたが、それ以上に癒しの時間を邪魔された気持ちの方が勝っていた。


だから、私は、ゴシック体の一匹を指先でグニィと押した。

 押されたゴシック体はぽてっと倒れた。そしてそれに気が付いたのか仲間たちは奇怪な踊りをやめ、集まってきた。

 ぐにょぐにょと動くゴシック体たちは、心配するようなそぶりを多分しているような気がする。私の存在に気が付いたのか、ぽかぽかとこちらを殴る子もいる。やっぱり幼稚園だ。

 勿論、液晶越しなので、何も被害はない。心がポカポカしてきた私は、可愛らしい彼らに申し訳ない事をしたなと思えるようになっていた。

 スマホを見ると、治すという文字のゴシック体の子が、必死でグニィとされた子を癒そうとしていた。この子たちは文字に応じた能力を持っているのだろうか?

ふと気になった私はスマホに癒すと入力した。勿論、フォントは、ゴシック体を選択済みだ。


――おっ動き出した。癒してる、癒してる。治ったの? 良かったね、意地悪してごめんね。

 意地悪した子が無事の様でほっとした私の耳に電車のアナウンスが入り込む。


 「○○駅―、○○駅―」どうやらもう最寄り駅に着いたようだ。

いつも通りの道を通って、家に帰る。家でスマホを開くともう、ゴシック体は物言わぬただの文字になっていた。その日、私はあの場所にブックマークをして眠りについた。


 翌日、私は仕事中、こまめにあの場所を眺めてたが、何かが起こることは無かった。

夕方、帰り道、諦めながら、スマホを見てみると、ゴシック体がこちらに向かって揺れていた。どうやら、挨拶をしているようだ。

 私はその日、年甲斐もなく、老人にスマホを譲るのを忘れるほど、スマホに熱中してしまった。彼らがしゃべることは無い、ただうにょうにょと動いてこちらに反応するだけだった。

 それでもペットを飼ったことのない私にとっては、彼らはとてもかわいいペットのように思えた。そして、その日も家に帰宅するとゴシック体たちは動かなくなっていた。


 辺りも随分暗くなった秋の終わり頃、私はすっかり奇妙な文字のとりこになっていた。

 彼らにご飯文字をあげたり、おもちゃ文字をあげて遊んだり、撫でたり。彼らとの生活を楽しんでいた。ゴシック体たちはどうやら、帰り道の時間帯にしか現れないらしく電車に座って彼らと触れあうのが日課になっていた。

 その日、ゴシック体たちはいつもの奇天烈な踊りではなく、謎の民族っぽい舞?踊りを見せてくれた。いつも通りのチャイルドクオリティなのにその日は何故かそれが、とても幻想的な踊りに見えた。まるで移り変わり、いや別れを告げているようだった。

 そして、彼らは駅に着く前に揺れが段々無くなっていってやがて動かなくなってしまった。

 「○○駅―、○○駅―」聞き慣れたアナウンスがその日はどこか違ったように聞こえた。


 そしてその翌日、ゴシック体たちはスマホの中から姿を消した。帰り道にスマホを開いても動かなくなってしまったのだ。一ヵ月の短い付き合いだった。

ゴシック体が居なくなった私は、ペットロス後の飼い主の様に落ち込んだ。

 後になって調べてみたところ、怪異という奴、妖怪という奴は何かと何かの狭間に現れるらしい。秋は冬と夏の狭間、夕暮れは朝と夜の狭間、加えて盂蘭盆と呼ばれる、あの世とこの世の境界が最も曖昧になる時期。要は秋の夕暮れとやらは最も怪異と繋がりやすい時期だそうだ。

 近年、だんだんと消えていく秋と共に彼らの存在も消えていくのだろうか。 

  そうでないと、信じたくても確証がない。秋が来るとしても、ゴシック体たちに会える保証はない。それでも、また、会えるといいな。

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