第7話 止まっていた時間を動かしたよ

 徹くんを見送ったあの日の後、試しに何度か児童公園に寄ってみたけれど、彼の姿を見たり声を聞くことはなくなった。


 それまでの『幽霊』っていう中途半端な状態から、ちゃんとお空に上がれたんだと確信していた。


 だって徹くんは、最後に私を呼び捨てにして本気の約束をしてくれたんからね。



 だから私もその約束を絶対に守ると決めている。誰になびくこともせずに、私は徹くんと空の上で再会するまで、私は一人で構わない。


 内野くんだけに打ち明けたら、「前原さんは固いなぁ。石原も安心しているんだろうな」って笑った。そして少し真面目な顔になって「石原の彼女じゃ手は出せない」とも。



 あの見送りから2週間後の週末、制服姿の私は一人で電車に乗っていた。


 机の中にあったメモの住所をスマホの地図アプリに入力する。


 『石原』と表記のあるアパートの部屋を見つけて、少し緊張しながらインターホンのボタンを押した。


「まぁ! 佳織ちゃん!! あなた、ちょっと! 佳織ちゃんが来てくれたわよ!」


 当然のことなんだけど、当時と変わらない声で徹くんのお母さんがお家の中に向かって叫んだ。


 和室に通されて、そこに置かれているお仏壇の前で手を合わせる。


 つい半月前まで毎日のようにお喋りしていたのに、不思議な気持ちだ。


「あれから……4年経つけれど、佳織ちゃんは大丈夫? 今は……高校2年生だもんね」


 指を折って数えた徹くんのご両親は、当時の私に「徹のことは気にしないでいいのよ」と言ってくれていたから。


「私は徹くんとしかお付き合いしないと決めているんです」


 信じてもらえるか分からなかったけれど、『徹くん』と過ごした不思議な日々のことを話した。そして、先日二人で再会の約束をしてお空に見送ったことも。


「そうだったの……。突然だったしよっぽど佳織ちゃんの傍を離れたくなかったのね。お盆やお彼岸になっても徹がここに帰ってきている気がしなくてね。でも佳織ちゃんのところにいたなら私たちも安心した」


 最初は信じられないような顔だったけれど、私が知るはずがない引っ越した先でのご両親の様子を徹くんから聞いたと話すと、「そんなこともあるのね」と頷いてくれた。


「母さん、徹の荷物の中に佳織ちゃんへ渡すものがあったろう」


 すぐに徹くんのお母さんは紙の手提げ袋に入れた箱を出して私の前に置いてくれた。


「徹が佳織ちゃんに渡すんだって買っていたらしいのよね。それなのにあの日も徹ったらこの箱を机の上に置きっぱなしでね……」


「開けても……、いいですか?」


「もちろん。佳織ちゃんに渡すはずが、延び延びになっていたのだから」


 ボール紙の軽い箱を開けて私はつばを飲み込んだ。入っていたのは小さな木製の花籠だ。見覚えもある。雑貨屋さんで見つけて気に入ったのだけど、その時は手持ちが足りなくて。後日売れてしまったと知り、縁がなかったと諦めたんだ。


「いつも不器用なんだから……」


「そういう子よ。これからもよろしくお願いね」


 籠を抱きしめて止められなくなった涙を流している私に、ご両親は遺影と同じ写真を渡してくれて、好きな時に来ていいからと笑顔で見送ってくれた。

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