第9話 爆誕!

 ツタタン、ツタタン。

 慣れた手つきで、ドラムの位置や、スネアやペダルの調整をしていく。

 ドラムに座った彼女の表情は、とにかく落ち着き払っている。

 銀色の髪を後ろで一つに結び、切れ長の目は冷静にバンドメンバーを見渡している。

 さっきまでの、だるそうでのんびりした雰囲気は消え失せていた。

 ドラムセットの前に座った瞬間、別人のようなオーラを纏っている。

「みんな、今日は俺たちの解散ライブに集まってくれてありがとう。じゃあ最初から飛ばしていくぜ!」

 今日主催のバンドのリーダー、ヤマケンがそう声を上げる。

 ポンズは他の観客と声を上げて拍手をしたが、シーとカグラはなぜか引きつって微妙な顔をしていた。

 なるほど、これが陽キャと陰キャの差なのだろう。

「ワン、ツー、スリー、フォー!」

 とドラムの彼女がカウントをとり、勢いよく演奏がはじまった。

 *

 客席の後方から見ていたポンズたちは、その演奏の音圧に圧倒されていた。

「リハの時とは違う迫力、やっぱドラム入ると違うね」

「うん、でも速くない?」

 ポンズとシーはそう話していたが、演奏を聴きながらバンドメンバーの様子を見ていて、考えが変わっていく。

 ドラムの彼女は、彼女がいなかったリハの時より明らかに速いテンポで叩いている。

 しかし、彼女の表情は、バンドメンバーを見渡しながら常に冷静さを保っている。

 それに対し、バンドメンバーは必死に、そのテンポに合わせ力の入った演奏になっている。

「シー、これってドラムの人が雰囲気作ってない?」

 シーは大きく頷いた。

「意図的にテンポ上げてる。でも崩れてない。むしろ、リハより全然いい演奏になってる」

 カグラは音の迫力に体を揺らしていた。

 三曲目に入っても、同じようにテンポは速い。

 バンドメンバーは必死に演奏しているように見える。

 しかし、不思議なことに演奏は崩れていない。

 ドラムの彼女が、絶妙なタイミングでフィルインを入れ、バンドの軸を保ちながら、鼓舞しているようだ。

「すごい……バンド全体をコントロールしてる」

 カグラが呟いた。

 *

 四曲が終わって、バンドリーダーのヤマケンは汗だくでテンションが上がっている。

「今日助っ人に来てくれたドラムを紹介します。ホウラーイ……レア!!」

 そういうと、彼女のドラムソロが始まった。

 巧みに操るスティックはカラフルで、そのスティックまで彼女のアクセサリーのようだ。

 スネアを叩き、タムを駆け巡り、シンバルを鳴らす。

 まるでドラムセット全体が一つの楽器であるかのように、彼女は自在に音を紡いでいく。

 PA側のスタッフが、照明を演出し始める。

 赤、青、緑の光が交錯し、ステージ上の彼女を照らす。

 観客も一気に盛り上がり始め、手拍子や歓声が湧き起こる。

「すごいすごいすごい!」

 ポンズが目を輝かせだした。

 シーとカグラはその様子を見て、アイコンタクトでうなずいた。

 この人だ。

 三人の意見は一致していた。

 主催のバンドは、仲間たちとともに最高のライブを作り上げた。

 *

「この後、まあまあプレッシャーやん」

 楽屋に戻りながら、シーはポンズにつぶやいた。

 ポンズは確かにと思いつつ、ドラムの彼女へ思いを募らせ始めている。

「お疲れ様でした~」

 演奏を終えた主催のバンドメンバーたちが楽屋に戻ってきた。

 ヤマケンは汗を拭きながら、満足そうな顔をしている。

「最高やった……宝来ほうらいさんのおかげで、最後のライブ、最高の思い出になったわ」

「じゃ、フレイミングパイのみなさん、あとはお願いします」

「はい!」

 *

 ステージへ向かう前、ポンズがドラムの彼女の前に立った。

「うち、光月寛奈みつきかんないいます。宝来さんは決まったバンドには所属してないんですか?」

 汗を拭きながら、ドラムの彼女はポンズを見据えたが、にっこり笑って言った。

「そうやねぇ、ちょっと今はその気がないっていうかな……ま、そのうちこれや! って思うとこ見つかったらね」

 それを聞いて、ポンズもニカッと笑った。

「それはよかった。今日見つかりますよ!」

 ドラムの彼女はポンズの言葉の意味を瞬時に理解し、今度はニヤリと笑った。

「へえ……大きく出たね」

 そしてシーに話しかけた。

真白ましろさ~ん。真白さんてソロでデビューするって思ってたわ~」

「うちもそう思ってたけど、この子らがうちの音楽を持ち上げてくれたんで」

 シーはポンズとカグラを見ながら言った。

「へ~、おもしろい」

 彼女は興味深そうにシーを見た。

「じゃ、見届けさせてもらうわ」

 その言葉を聞き、ニヤリと笑ってシーとポンズは楽屋を出て行った。

 カグラはちょこんと頭を下げて後ろをついていく。

 彼女はステージへ行く三人を見送り、客席へと向かった。

 *

 ステージの袖でシーがポンズに言った。

「ハードル上げるやん」

「超えられん?」

「いや、簡単に超えちゃる」

 シーは不敵に笑った。

「わたしも気合い入りました」

 カグラも静かに闘志を燃やしている。

「よし行こう!」

 *

 ステージに上がった三人は、マイクの前に立った。

「フレイミングパイです! うちはベースの光月寛奈です。略してミツカンやからポンズって呼ばれてます」

 観客たちが笑った。

 ポンズは見事にツカミに成功した。

「ポンズちゃーん! かわいい!」

 女の子の声が飛ぶ。

「ギターは神楽坂奏多かぐらざかかなた、カグラちゃんって呼んであげてください!」

「カグラちゃーん!」

 カグラは真っ赤になってうつむいた。

「そしてそして~、メインボーカルは真白詩音ましろしおん! シーちゃんでーす!」

「シーちゃ~ん!」

「意外と小さいな」

 様々な声が飛び交う。

 シーは手を振ると、後方で見ていたドラムの宝来鈴愛ほうらいれあを見つけ、つけ加えた。

「真白詩音です。今日はステキなライブに呼んでいただいてありがとうございました」

 シーは一瞬言葉を切り、レアの目をまっすぐに見た。

「うちらできたばっかりのバンドですけど、真面目に武道館目指してるんで、行き場のないドラマーさん、よかったらうちらの後ろ空いてますよ」

 観客がざわめいた。

 宝来鈴愛は目を丸くした。

 笑ってはいるが、口は一文字に結んでいた。

 これは自分に対する挑戦状だと受け取った。

 *

 フレイミングパイの演奏が始まる。

 音はさっきまでのバンドに比べ、当然音圧がない。

 シーはアコースティックギターだし、ドラムもいない。

 しかし、前奏でポンズがシャウトを上げた。

「イェーーーーイ!」

 その声で、バンドの士気が一段階上がり、観客たちも歓声を上げた。

 そしてシーの力強いボーカルが、違う世界へと誘い、観客たちを魅了する。

 アコースティックギターの生々しい音が、ライブハウスの空気を震わせる。

 控えめだと思っていたカグラのリードギターは、曲が進むにつれ、徐々に牙を向け始める。

 青いストラトキャスターから紡ぎ出される音は、時に繊細に、時に激しく、シーの歌を彩っていく。

 間奏に入ると、カグラのソロがこの曲の勢いをまた一段階上げた。

 ポンズとシーに囲まれ、カグラは心置きなく一音一音を鳴らしていく。

 後半は流れ込むようにシーのボーカルとポンズのコーラスがかけ合い、ボルテージがさらに上がる。

 前回の路上で行った、三人のエゴ丸出しの演奏ではなく、完全に調和した演奏であった。

 それは確かに素晴らしい演奏だった。

 しかし、同時に何か物足りなさも感じさせる。

 まるで、あと一つのピースが欠けているパズルのような。

 *

「何この子ら……?」

 客席後方で、宝来鈴愛は目を見開いていた。

「うちに後ろで叩けって、ビシビシ伝わってくる! どう叩くか? って詰め寄ってくるような感覚は何なん?」

 気づけば、彼女は自然に両手で太ももをたたき、足はペダルを踏むようにリズムを刻んでいる。

 これまでいろいろなバンドで叩いてきた。

 ほとんどが、しっかりとビートを安定させるための演奏だった。

 今日のように、メンバーの勢いをつけてあげるために、アップテンポにして自分でバンドのポテンシャルをあげることもある。

 しかし、この三人は違う。

 それぞれが自分の個性をぶつけ合っているにも関わらず、調和し安定している。

 しかしそれは暴発しそうな危険な匂いも発している。

「おもろいな! この子ら……もっともっと後ろから煽ってみたい!」

 背筋に武者震いのようなものが宝来鈴愛を襲った。

 *

 フレイミングパイの演奏は、観客たちの心をとらえて、大盛況に終わった。

 歓声と拍手が鳴り止まない。

 主催のバンドリーダー、ヤマケンが興奮して、ステージに駆け上がり、マイクを取った。

「みんな! 今日は俺らの解散の思い出ライブやったけど、そんなんどうでもええわ!」

 ポンズたちはキョトンとしている。

「俺、2年ちょいバンド活動続けてきて、まだ未練あったんよな。でも今日ドラムの宝来さんの演奏とかフレイミングパイの三人の演奏見てたら、なんか諦めついたわ」

 会場が静まり返る。

「ほんまにうまい人はスピリッツが違う! 今日は俺らの解散ライブやない! フレイミングパイの誕生ライブでええやろ!」

 観客がざわめく。

「宝来さんもええよな!?」

 突然の振りに宝来鈴愛も驚いていたが、ヤマケンのメッセージの意味を理解し、満面の笑みで答えた。

「うちは構わんよ~、そちらさんは~?」

 ポンズ、シー、カグラは目を見合わせ笑った。

「もちろん歓迎します!」

「俺ら伝説の目撃者になったで! フレイミングパイの爆誕や~!!」

 今日の出演のバンド、観客の仲間たちが、大歓声を上げ、拍手を送った。

 そして、

「フレイミングパイ! フレイミングパイ!」

 とコールが起きた。

 *

「せっかくやけん、一曲やってみる?」

 ヤマケンが提案した。

「え、でも……」

 シーが戸惑う。

「合わせたことないし、無茶やろ」

「大丈夫大丈夫、さっきの曲もう一回やってみ。うち、合わせるから」

 レアがドラムセットに向かいながら言った。

「一回聴いただけで?」

 カグラが驚く。

「まあ、完璧にはいかんけど、雰囲気はつかめたし。やってみよ」

 レアはドラムセットに座り、スティックを構えた。

 さっきまでののんびりした雰囲気は消え、真剣な目つきになっている。

「いくで。ワン、ツー、スリー、フォー!」

 ドラムが鳴り響いた瞬間、空気が変わった。

 さっきまでの三人の演奏とは、まるで別物だった。

 レアのドラムが、三人の演奏に骨格を与える。

 そして同時に、後ろから煽り立てる。

「やば……これ、やばい……!」

 ポンズの目が輝いている。

 シーのボーカルが、さらに力強くなる。

 カグラのギターが、さらに自由に暴れ始める。

 レアはそれを見て、さらにテンションを上げた。

 崩れそうで崩れない、ギリギリのバランス。

 でも、それが心地いい。

 まるで、ジェットコースターに乗っているような高揚感。

 観客も、その熱狂に巻き込まれていく。

 曲が終わった瞬間、会場は割れんばかりの歓声に包まれた。

 四人は顔を見合わせ、笑った。

 言葉はいらなかった。

 ついにポンズは自分のリンゴを見つけた。

 そして、フレイミングパイは完全体になった。

 *

 ライブ後、四人は近くのファミレスで打ち上げと称し、自己紹介を始めた。

「改めて、宝来鈴愛です。レアでいいよ」

「よろしく、レア」

 シーがレアと拳を合わせる。

「ところで、なんで決まったバンドに入ってなかったん?」

 ポンズが単刀直入に聞いた。

「あー、そうね、やっぱりおりたいとこ探してたんが一番やね」

 レアはドリンクバーのコーラをストローでかき混ぜながら言った。

「今まで助っ人でたくさんのバンドに入ったけど、趣味でやってる人らはみんな、安定志向っていうか、リズムキープしてほしいだけやん? うちはもっと……なんていうか、ちょっと危なっかしい音楽もしたいんよね」

 レアは銀色の髪をかき上げながら続けた。

「でも、あんたらの演奏聴いて思った。これや! って。個性バラバラなのにまとまってる。まとまってるのに暴発して、名前のとおり燃え盛りそう。うち、それを後ろからバンバン煽りたい」

「煽るって……」

 カグラが不安そうに呟く。

「大丈夫、大丈夫、壊さへん。花火みたいにちゃんと着火させて弾け飛びたいだけや」

 レアのその言葉に、三人は顔を見合わせ、そして同時に笑い出した。

「あははは、結局燃えてるやん……レア、うちら武道館行くから」

 シーが真剣な顔に戻って言った。

「お? 上等や。連れてってや」

 今度は四人で拳を重ね合わせた。

 松山の片隅の小さなライブハウスで、フレイミングパイは本当の意味で誕生した。

 フレイミングパイの物語は、ようやくスタートラインについた。

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