第10話 マネージャー候補
七月十五日。
ポンズは十六歳になった。
その日、いつものスタジオで練習を終えた後、シーとカグラとレアが小さなケーキを用意してくれていた。
「ポンズ、誕生日おめでとう」
シーがぶっきらぼうに言った。
「ポンズちゃん、おめでとう」
カグラが笑顔で言った。
「ハッピーバースデー、ポンズちゃ~ん」
レアがスティックでテーブルを軽く叩きながら言った。
「え、うそ、みんな……」
ポンズは目を丸くした。
「シーが誕生日調べてくれてたんよ」
レアが言う。
「別に、そんな大したことやないけど」
シーは目を逸らした。
「ポンズちゃんがバンド作ってくれたから、わたしたち今ここにいるんだよ」
カグラが静かに言った。
「うち……」
ポンズは言葉に詰まった。
去年の誕生日は、一人だった。
バンドを組みたくても、中学の頃まで音楽の話ができる友人はいなくて、祖父のベースを抱えて悶々としていた。
でも今年は、三人の仲間がいる。
一緒に音を鳴らしてくれる人たちがいる。
「……ありがとう」
ポンズの目に、涙が滲んだ。
「ちょっと、泣くとこ?」
シーが呆れたように言ったが、その声は優しかった。
「だって、嬉しいもん……」
ポンズは涙を拭いて、いつもの笑顔を取り戻した。
「よし、ケーキ食べよ! うち、このバンドのために、もっともっと頑張るけんね!」
*
フレイミングパイの本格結成から二週間が過ぎた。
七月下旬。梅雨も明け、本格的な夏が始まっていた。
学校は夏休みに入る時期だ。四人はそれぞれが、音楽漬けの日々を過ごしていた。
*
ポンズは、午前中にポスティングのバイトをこなし、午後は音楽活動に充てていた。シーのデモ音源を聴きながら、ベースのアレンジを考える。
ヘッドホンをつけて、祖父から受け継いだヘフナーを抱え、何度も何度もフレーズを試す。
自分でも曲を作ろうと試みているが、メロディーは浮かんでも、歌詞がなかなかうまくいかない。
ノートに書いては消し、書いては消しを繰り返していた。
シーが路上ライブへ行くときは、必ず一緒に出かけた。
シーは、早朝には体力づくりに励んでいた。
ジョギングをしながら、頭の中でメロディーを組み立てる。
バイトが休みの日には、手に入れたばかりのエレキギターで夕方まで作詞作曲やデモ音源づくりをし、ポンズと都合が合う日は一緒に路上ライブに出かけた。
新しいセミアコは、アコギとは違う可能性を見せてくれる。
歪ませた音、クリーンな音、エフェクターを通した音。
試行錯誤の日々が続いていた。
カグラは、夏休みとはいえ授業の補習や課題に追われながらも、下校後はシーのデモ音源や、ポンズがベースを入れた音源をもとにリードギターのアレンジを考えるのが日課だった。
自分の部屋で、ヘッドホンをつけて、黙々とギターを弾く。
以前は一人で弾くのが当たり前だった。
でも今は、バンドのメンバーの音を想像しながら弾いている。
それが、こんなにも楽しいなんて。
レアは、日中はコンビニでバイトをしていた。
二年目になり、仕事にも慣れて、最近入った外国人スタッフにいろいろ教える立場になっている。
バイトのない日には、シーのデモ音源を聴き込み、どんなドラムパターンが合うか考える。
夜は、ドラムの助っ人を請け負ったバンドのライブをたびたびこなしていた。
でも、フレイミングパイの曲を叩くのが一番楽しい。
あの三人の音は、他のどのバンドとも違う。
煽れば煽るほど、もっと燃え上がる。
*
四人は、週に二回スタジオで練習をしていた。
そして、前回出演したライブハウス「ROCK STEADY」のオーナー、岩田に気に入られ、何度か出演を果たしていた。
チケットはシーの路上ライブやレアのライブ先、また、前に出たライブに来ていた大学生たちの口コミのおかげもあり、順調にはけていた。
*
ある土曜、ライブハウス「ROCK STEADY」。
開演三十分前、四人は楽屋で最終確認をしていた。
「今日は、平日と違って、お客さんそこそこ入ってくれたなあ。3曲目、新しいアレンジかますよ」
ポンズが確認する。
「うん、レアのドラムソロからのやつ、絶対あがるで」
シーが答える。
「楽しみやな~、思いっきり暴れるで~」
レアはスティックをくるくる回しながら、すでにテンションが上がっている。
「わたし、まだ緊張する……」
カグラが小さくつぶやいた。
「大丈夫、カグちゃんは後半型やからな。ライブ始まったら楽しんで弾いてるって」
シーが励ます。
カグラは小さく頷いた。
シーに言われると、不思議と安心できる。
*
ステージに上がった四人。
観客は三十人ほど。
常連客に混じって、新しい顔も見える。
近頃はシーの古参ファンと、バンド結成後のファンの間で、コミュニティーも盛んになってきているようだ。
「フレイミングパイです! よろしくお願いします!」
ポンズのMCで、1曲目が始まった。
レアのカウント。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
ドラムが刻むビートに、ポンズのベースが絡みつく。
レアが加入してから、明らかに音の厚みが増していた。
これまでの三人だけの演奏では出せなかった重低音が、ライブハウスの空間を震わせる。
シーの新しいSeventy Sevenのセミアコとボーカルが入る。
路上ライブではアコースティックギターでの弾き語りだった曲が、バンドアレンジによって全く違う表情を見せ始めた。
そしてカグラのリードギター。
最初は控えめに、しかし徐々に存在感を増していく。
青いIbanez AZ2402から紡ぎ出される音は、シーのメロディーラインを美しく彩っていく。
2曲目もシーの弾き語りの曲だが、シーがエレキギターを手にしてからバンドアレンジを意識して、キーやテンポを変化させた。
シーの新しい戦力となった赤いセミアコから出る音は、温かくも力強い。
「シーちゃんの新しいギターかっこいい!」
観客から声が飛ぶ。
*
そして3曲目は、レアの見せ場から始まる。
ドンドンドン、タカタカタカ。
複雑なリズムパターンを刻みながら、徐々にテンポを上げていく。
観客が体を揺らし始める。
そこにポンズのベースが重なり、グルーヴが生まれる。
「うおお!」
観客から歓声が上がった。
カグラのギターが激しいリフを刻み始める。
普段おとなしいカグラが、ステージでは別人のように激しく弾きまくる。
その姿に、初めて見る観客は驚いている。
そんなカグラを見て、「キタキタ」とポンズとシーが目を合わせ笑う。
そしてシーのボーカルの声が響く。
レアが加入してから、シーの歌い方も変わった。
以前は自分一人で全てを表現しようとしていたが、今はバンドを信頼して、時には力を抜き、時には思い切り声を張り上げる。
そして間奏では、四人の音が複雑に絡み合う。
レアのドラムは暴走しそうなほど激しいが、決して他の音を殺さない。
むしろ、メンバーそれぞれの個性を引き出すように、絶妙なバランスでリズムを刻んでいく。
ポンズのベースは、そんなレアのドラムをしっかりと支え、時には遊び心のあるフレーズを入れる。
カグラのギターは、表現的には未熟な部分もあるが、その分、確かな技術が感情をストレートに伝えてくる。
そして、シーの声がすべてを包み込む。
曲が終わると、大きな拍手が湧き起こった。
「すげー!」
「フレイミングパイ、いいじゃん!」
観客の反応に、四人は顔を見合わせて微笑んだ。
*
演奏を終え、片付けを済ませた後、夜のライブの出演者がなかったのでフレイミングパイのメンバーはゆったりとオーナーとおしゃべりを楽しんでいた。
古い倉庫を改装したこのライブハウスは、薄暗い照明と長年染み付いた匂いが、独特の雰囲気を醸し出している。
ステージ前のスペースで、メンバーは缶ジュースを飲みながら寛いでいた。
「今日もよかったよ、特にドラムが入ってから迫力が違うね」
オーナーの岩田が褒める。
「ありがとうございます!」
四人が声を揃える。
「夕方の開演しかできないから、平日は集客も少なかったけど、今日みたいに土日もできたら、もっと増えるよ。まあ、土日は結構他のバンドでつかえてるんだけどね」
岩田は四人にそう言いながら、ある一人の女性が入ってきたことに気づいた。
岩田はびっくりした様子で言った。
「あいみちゃん!」
*
「久しぶり~オーナー、元気だった?」
その女性は、二十代後半くらいだろうか。
長い黒髪を一つに結び、シンプルだが品のある服を着ている。
柔らかい笑顔だが、どこか芯の強さを感じさせる雰囲気があった。
その女性を見て、シーの表情がぱっと明るくなった。
「あ、サトちゃん!」
普段クールなシーが、珍しく嬉しそうな声を上げる。
「シー、久しぶり。バンド始めたんだってね」
「あ、さとう愛未さんやん」
レアもその女性を知っているようだった。
ポンズとカグラはポカンとしていた。
「あの、どなたで?」
シーがポンズに説明する。
「ピアノ弾き語りのシンガーソングライターでデビューしたさとう愛未さんや。うちは中学の時、一回ここで一緒にステージに立ったことがあって、その時気に入ってもらって、失礼ながらサトちゃんなんて呼ばせてもらってるの」
シーは少し照れくさそうに続けた。
「うちがここでステージに立つ時は、何度も見に来てくれて、アドバイスくれたり、励ましてくれたりしたんよ。サトちゃんがおらんかったら、うち、ステージに立つのが怖くなってたかもしれん」
「シー、大げさよ」
愛未は笑った。
「へ~ピアノの弾き語り、かっこええ!」
素直に感心するポンズに、さとう愛未がポンズに話しかけた。
「君が、シーをバンドに引きずり込んだんだって?」
「え? あの、いけませんか?」
「ううん、ありがとうね!」
「え?」
愛未の意外な反応にポンズは戸惑った。
*
「今回松山に戻ったのは、シーに業界の人間がアプローチかけに来たって聞いたからだったのよ」
「サトちゃんさんは、シーのソロデビューは反対やったと?」
ポンズが聞く。
「まあ、彼らのやり方はね……」
愛未は言葉を濁した。
「さっきシーは私をシンガーソングライターって言ったけど、シンガーソングライター『だった』が正解」
「え? サトちゃん、やめてたん?」
シーがびっくりして愛未に尋ねた。
愛未は自身の経験を語りだした。
シングルを数枚、アルバムを一枚発表後、大きなライブもできず、レコード会社の契約が打ち切られた。
その後もネット配信を中心に、後ろ盾なしで何もかも一人で背負ってソロ活動をしていた。
しかし数年前、感染症流行の影響でライブができなくなり、限界を迎えた。
今は音楽業界の裏方として、インディーズレーベルでA&Rとして、アーティストをサポートする側に回っていた。
「サトちゃん……」
シーは言葉を失った。
あの時、自分を励ましてくれたサトちゃんが、そんな苦しい思いをしていたなんて。
「動くのが遅くなってしまったけれど、戻ってきてびっくりしたの」
愛未はシーを見つめた。
「シーはちゃんと自分の音楽をやる選択をしている。さっき、ここであなたたちの演奏を見て確信したの。シーの曲はバンドだからこそ完成したように聞こえた」
愛未は四人を見回した。
「私にできることがあれば、バンドのサポートをさせてほしいの」
*
「何? サトちゃん、マネージャーでもしてくれるん?」
シーの目が輝いた。
あのソロデビューの話が来た時、シーは大人を警戒するようになっていた。
自分の音楽を勝手に変えようとする人たち。
でも、サトちゃんは違う。
自分の音楽を認めてくれた、数少ない大人の一人だ。
「みんな10代でしょ? きっと制限も付きまとうし、いろんな大人との交渉は私に任せてほしいの」
「願ってもないことやけど、みんなはどう思う?」
シーはみんなに尋ねる。
「うちはライブでいっぱいのお客さんの前で演奏ができればええよ~」
レアは即答した。
「わたしは、ライブで自分のことをちゃんとできるようになれればそれでいい。でもこのバンドはポンズちゃんが発起人やから」
カグラはそう答えた。
「ポンズ?」
シーがポンズに尋ねる。
ポンズは珍しく黙り込んでいた。
*
そしてようやく口を開いた。
「うちは、ほんまにただバンドを結成したかっただけなんよ。ほんで結成が叶って、シーもカグラちゃんも、レアちゃんもみんな凄過ぎて、なんか、ここまでとんとん拍子でこれてる。ここへ来てマネージャーとか……」
「まさか、ポンズは反対なん?」
「ああ、違う違う……うちはまだ部活みたいなノリでおったんやな~って思っただけ。この先を考えんってことはなかったけど、なんか今のまんまで満足しとったんよ」
ポンズは愛未を見つめ、続けた。
「あの、サトちゃんさん、なんていうか、これからバンドがぶつかりそうな壁……いうんかな? そんなんて、今のうちらにはわからん。そんなわからんこと任せといたら、うちらのバンドちゃんと大きくなれる?」
愛未は、ポンズの真っ直ぐなバンド愛を感じた。
なぜシーがこの道を選んだか、理解した。
愛未はポンズの肩に手をやり、
「任せといて、そのために来た」
ポンズはいつもの笑顔になった。
他の三人も安堵の笑顔でポンズを見つめた。
*
「でもね、みんなには一応超えてほしい山もあるのよ」
愛未は、サポートの計画はある程度考えているが、いくつかの条件をクリアしてほしいと、フレイミングパイのメンバーへ課題を出す。
「ちょうど、一ヶ月後、松山インディーズフェスがあるの。ここにフレイミングパイも出演する」
「おお~!」
四人から歓声が上がった。
「ただ、今はシーのこれまでの楽曲をアレンジしたバンドに過ぎないってこと」
愛未は真剣な顔で続けた。
「シーには固定ファンもいるし、その子達にとっては、シーにバックバンドがついたって感覚だと思うの。バンドのコンセプトとなる曲、フレイミングパイの曲を一から作る必要があると思うのね」
四人は顔を見合わせた。
「カバー曲があってもいいから、最低三曲、みんなの……バンドの名刺代わりの曲を持って、このフェスに参加してほしい」
四人の顔つきが変わった。
*
「曲のストックはある。でも、ほとんどがうちの個人的な曲に過ぎんし、確かに弾き語り向きや」
シーはあれこれと考えながら言った。
「エレキ持ってからそのへん意識はしてたけど、どうしても重たい感じになって未完成ばかり……」
シーは腕を組んで考え込んだ。
「この子らと一緒に作る曲か……」
と、ポンズの顔を見た。
ポンズはシーと目が合うと、ニターっと笑った。
シーはそんな予想に反するポンズの顔を見ると、ギクッとした。
「ポンズ、またなんか企んでるやろ」
「うん、ちょっとね~、ずっと考えてたことがあったんよ~」
「さ~すがポンズちゃん。あんたのそういうとこおもろいんよな~」
レアは期待感を込めてポンズにエールを送った。
「よし、明日いつものスタジオに集合や!」
ポンズの目が、キラキラと輝いていた。
フレイミングパイの新しい挑戦が、始まろうとしていた。
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