人は草、栄は花、主の息吹によって枯れ、太陽によって再びそこに立つ。
十段目
王権を失った国王がバレンラから首都に移送される最中、首都ではある女の演説がなされていた。
その演説の内容に人々は感銘を受けたのか、あるいは革命の熱に当てられて意味も解らず賛同したのかは分からないがある標語が産まれた。
"人は罪なくして王たりえない"
国民議会、開門。
ラバンラから首都の国民議会へ出頭する最中、多数の衛兵と民衆が出迎える。
だがその多くは私のことを見せ物として見ている。
ある人は叫んだ。
"裏切り者"
人々はそれに賛同するように叫んだ。だがその大部分は私がなぜ裏切り者とされたのか理解していなかった。
多くの民衆にとって私は、オーギュスト・カペーは裏切り者だから裏切り者なのである。
だが私にそれを否定する権利は無い。
オーギュスト・カペーは裏切り者だ。王の責務から逃れ、人であろうとした大罪人である。
私自信はそれを恥じては居ないが、太陽の化身、最も偉大なるラソレイユ国王であらせられる我が祖父オーギュスト・デュートネ=ラソレイユが私を、今の国王をみたら酷く落胆するか、大笑いするだろうな。
人並みに目を向けるとその中にはある夫婦があった。
その夫婦の瞳に映る私は罪人ではなく他人であった。
身なりからしてそれほど稼ぎが良いわけでもなさそうだし、頬の痩け具合からしてあまりいいもの食べられていなさそうだ。
「マリア…」
王権も財宝も名誉も名声も何もいらない。ただ5人で慎ましく暮らしたかっただけなのに。
国民議会の門を抜け、建物に入る。控室に向かう途中、ある像が目に入った。
女神ユースティティア像である。
左手に天秤を持ち、右手に剣を持った目隠しの女。
これがテルミドールの言っていた奴か。
彼なしてみれば私という存在、つまり王権というものは秤なき剣なんだろう。
そんなものをどうして新しいラソレイユに持ち込めるのだろうか。
「絶対者たる法の姿か。」
奴は法をギロチンと言った。それは一度首を捧げれば、将軍だろうが政治家だろう貴族だろうが農民だろうが、平等に断ち切る葬送の刃だからなのだろう。
「つまり奴はギロチンの擬人をこの女神に見いだしているのか。」
現代人からしてみれば妙な感覚だが、ギロチンは虐げられた人々にとっては救いなのだ。なにせこのラソレイユに於いて最も公平かつ平等なのはギロチンであるから。
「何の慰めにもなりやしない。」
全ての無意味な思考を捨て去って控室に向かう。
「お待ちしておりました。カペー氏。」
すでにそこにはテルミドール・マクシミリアムが居た。
「シャルロが死を与える死神だとしたら、お前は告げる方だな。往々にして後者のほうが厄介で邪悪だ。」
「御冗談を。貴方に死を告げるのは私ではなく国民と法に御座います。」
「正直お前は嫌いだ。お前は私になくて、私が必要だったものを持っているから。」
「そんなお前に問いたい。私は、私の何がいけなかったんだ?」
彼は顎に手を当て、少しの思案をする。
「分かりません。当事者では無いので。」
「しかし、カペー氏。貴方には覚悟が無かったのでしょう。少なくとも乱世に於いて人を率いる器で無かったのです。」
「ではなぜ、お前にはその覚悟があるのだ、どうして私にはないのだ、私はお前が、私がお前のようにあれればどんなに…」
私は救いを求めるように彼の服を掴んだ。
「なぜ人を民草と呼ぶのか貴方はご存知でしょうか?」
「…聖書においてそう言及されているからか?」
"すべての人は草、その栄光は、みな野の花のよう。主の息吹がその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草である。草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神の言葉は永遠に立つ"
イザヤ書第40章6〜8節より
「えぇそれもありましょう。しかし本質はそうではありません。」
「人は本当に草なのです。他人の養分を奪いそして成長する醜い雑草なのです。」
「カペー氏は人の産み出した成果や物語、つまり花を見ていたのでしょう。」
「さぁ、そろそろ時間が迫って参りました。」
「待て、テルミドール。」
過ぎ去ろうとする彼を止めた。私の中に何が生まれたのかは知らないが、1つ彼に告げたいことがあった。
「私しか知らない街がある。その街はある戦争で焼かれ、75年は草も生えないと人は嘆いた。」
「だがほんの数ヶ月後に新芽が芽吹いたのだ。」
「テルミドール、花も美しいが雑草もかく美しく力強いものだぞ。」
彼はただ去っていった。
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