決して錆びぬ公平なる男
九段目
「な、なぜだ、ベルナール。なぜだ、答えろ、ベルナール・ナポレオーネ。」
「陛下、私は陛下を敬愛しておりますが、それ以上にラソレイユという国を愛しております。」
「ラソレイユが泣き止むのなら敬愛する陛下の首をも捧げよう、それが私、ベルナール・ナポレオーネの意で御座います。」
小柄の男はただ冷たくそう答えた。
「そうか、そうか…そうだ、ミゲル!ミゲルは何処にやったのだ。テルミドール。」
確信的な質問をする事に怖気づいた僕はこの家の家主について問う事にした。
「ミゲル・フランソワ=ダミアンのことですか。彼ならばラソレイユ高等法院においてラヴィアン・フランソワ=ダミアンに下された判決に基づき国外追放処分に処す為、拘束した次第でございます。」
冷たい汗が背を伝う。それは刃が肌に当たる間食とよく似ていた。
「なぜ…」
「なぜ?国王弑逆未遂犯の親族は全員国外追放処分とする、と王国基本法に記載がありましたので。」
「違う、違うだろうが、なぜ今更になって。父は天然痘でとっくにとっくに亡くなっている。誰もそんなこと望んではいないのに。」
「カペー氏。全ての不正は正されなくてはなりません。それがどんなに小さなことであれ。」
「誰も望んでいないと言っているんだ。」
「些事些事と言って貴方達が放置した結果がこれでしょう。」
「違う、私はお前の行動の是非を説いているんじゃない、お前の行動の結果を説いているんだ。」
「カペー氏、最初から全てを持っていた貴方には分からんでしょう、庭園の中で丁重に育てられた貴方には分からんでしょう。人はかくも醜く穢らしい。」
テルミドール・ロベスピエール・マクシミリアムは政治家である前に弁護士であった。それも彼は貴族と商人の調停者ではなく、貧しき人々の味方としての弁護士であった。
だから彼は知っている。人は野生人であった時の本能に従い、弱い人々に対して無制限に冷酷になれる。
これは人として生まれ持った時点に最初から持つ機能であり、これを取り払うことなどできない。
テルミドールは"人という生命体に対して"深く絶望していたのだ。
「楽だろうな、人は愚かと嘲るのは。それを思考停止と言うのだ、テルミドール。」
「思考停止?これは紛れも無い事実です。」
「冷笑したままで人の上に立てると思うなよ。」
「その人の上から引き摺り下ろされたのは誰ですか。」
「お前もそうなるぞ。」
「カペー氏、貴方は行動ではなく結果について説いた筈でしょう」
「テルミドール、私は!」
「陛下!」
ベルナールは大きく叫ぶ。
「お見苦しい。貴方はラソレイユを裏切り、そしてラソレイユに裏切られた。それだけの事をどうして冗長に語るのですか。」
「ベルナール、私は、私は…」
「陛下、貴方は間違えたのです。最初から全て間違えていたのです。貴方は人である前に、父親である前に王であるべきだった。」
「貴方の全てが、間違っていたのです。」
僕は、私は最初から世界の除け者だったのか。
ジュスイデゾレ、マリア。
「恐れる貴方の為、私から伝えましょう。」
「貴方は首都帰還の後、すぐさま国民裁判所によって裁かれるでしょう。」
「少なくとも国民を裏切った王を救おうとする者は少ないと断言できます。」
そうか、私は死ぬのか。
「マ、マリアはどうなる!?テレーズは?シャルルはどうなると言うのだ?ソフィアは?」
「王妃様にいらしては度重なる敵国軍への情報漏洩、外患誘致の罪があります。」
マリアが、死ぬ?こんな私を愛してくれた彼女が死ぬのか?私に微笑んでくれた彼女が死ぬ?私に3人の愛しい子を産んでくれた彼女が死ぬのか?
「テレーズ様、シャルル様、ソフィア様にいらしましては私から。」
テルミドールはただ冷静に事実だけを述べた。
「テレーズ様にいらしましては宮殿付きの者からサング氏の馬車を窃盗したとお聞きしておりますが、事実確認が取れずサング氏本人が否定している為、罪に問われることは無いでしょう。」
「そ、そうか、ではシャルルとソフィアも?」
「えぇ、罪なき者は罪に問われません。」
「弁護士として約束致しましょう。」
「そ、そうか!約束してくれるか!」
もはや自分の死などどうでもよくなっていた。
「で、ではマリアの罪を私が被る事は出来ぬのか?」
「マリアの為ならば私はダミアンのように苛烈な拷問の末に車裂きに処されることも厭わないぞ…」
マリアの為ならば私はダミアンのように右手を焼かれ、傷口に硫黄を流し込まれ、この神聖なる身体を引き裂いてその叫びを首都に響かせることも良かろう。
「カペー氏それは隠避罪にございます。」
「ユースティティア神の名の下に法廷で闘争する我らにとって、偽証なぞ以ての外です。」
「法とは絶対者です。どのような者も平等かつ公正に裁く制御された暴力であります。」
「国王も軍人も農民も法の前では等しく人、法とはギロチンなのですよ。」
テルミドールは弁護士であった。
「陛下、お時間にございます。馬車にお乗り下さい。」
ベルナールに背を押され馬車に乗り込んだ。
そして私の押し込んでいた感情が濁流となってその喉を裂く。
「あぁ、あぁ。」
口から溢れ出した声はやがて発狂へと変わった。
その咆哮は首都を包みこんだあのダミアンの咆哮にをも比肩した。
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