第二審、薄っぺらい人達

 オーギュスト・カペーは登壇前、自分一人だけの深い世界に浸っていた。

 その中で彼は恐怖を抱いてたし、はたまたそれとは別側面のある種の冷静さ、使命感を抱いていた。


 私は死ぬか。


 敵国に与する王妃を愛し、敵国に逃れた王を民は許すだろうか。この大罪を王が王である故にある聖性だけで誤魔化しきれるだろうか。


 否。


 人々は彼を許さない。必ず彼の息の根を民意と正義は留めに来る。


 なら、私にできることはせめて…



 国民議会、国王裁判第二審。


 開幕。



 国王裁判は山派(オーギュスト・カペー処刑し、王無き完全なる共和国とする派閥)とガロンヌ派(オーギュスト・カペーを力無き王として祭り上げ、立憲君主制国家とする派閥)に別れ、その2派閥の議員が交互に演説を行い、その後に投票が取られるという形で行われる。


 第一投票 オーギュスト・カペーは有罪か否か。


 第一演説 山派

 テルミドール・ロベスピエール・マクシミリアム


 「国王は国王である故の義務を放棄し、そればかりか外患誘致と情報漏洩を行った大罪人マリア・アントワールを幇助した。これは明らかな罪であり、看過することはできない。」


 そうだそうだと野次の声。


 第二演説 ガロンヌ派

 ジョン・ピエール・ブリッツ


 「それは第一審後の国王に対する対処の杜撰さによって起きた正当なる犯罪である。住居の強制移転と第一、第二身分を交えない衆寡敵せずが如き投票が行われると知れば逃亡もやむ無しであろう。」


 沈黙、ただ、沈黙。なぜなら誰の目から見てもこれが暴論であることが明らかだったからだ。

 そもそも罪を犯したのであれば拘束されのが常である。


 第三演説 山派

 ルイ・イトワール・ルナ=ジャスティカ


 「第三身分とは全てであり、王である。つまり第三身分であるオーギュスト・カペーを拘束し拘束し、こうして"第三身分のみ"の議会で罪の所在を決定しようというのは何も間違っていない。」


 "人は罪なくして王たりえない"

 処女演説のときと同じく、凛とした態度彼は演説に臨んだ。

 再び野次は彼に同意する。

 彼の意見の正しさ、そして女性と見紛うほどの端正な顔立ち、革命の天使とも目される彼に議会は釘付けになっていた。


 「先ほどブリッツ氏は衆寡敵せずと表現したが、カペー氏がそのような状況に陥ったのはご自身の行動によるものだろう。」


 「それもさぞ私達が仕組んだかのように表現されるのは心外である。」


 第四演説 ガロンヌ派

 コトデー・マリー・バルバトス


 「国王は有罪である。以上だ。」

 

 会場が動揺に包まれる。コトデー、お前はガロンヌ派、立憲君主派だろうがと会場の多くの人間が複雑怪奇に首を傾げる。


 「な、なぜだコトデー。」


 ジョン・ブリッツは彼に問う。


 「私は確かに山派の、テルミドールの敵です。ですが王政そのものの敵でもあります。」

 

 「ご安心下さい。私はテルミドールを頭に据えるくらいならば王を玉座に縛り付けても良いと思っています。テルミドールは危険な男ですから。」


 コトデー・マリー・バルバトスは敵である故に誰よりもテルミドール・ロベスピエール・マクシミリアムを理解していた。

 民衆を一切信じず、かつ民衆を国家において最強の力だと考えている彼がこの国の独裁となれば、必ず虐殺が起こると予見していたのだ。


 その後幾人かが演説に臨んだが、山派の意見を覆すことができなかった。


 

 第一投票 オーギュスト・カペーは有罪か否か。


 開票


 賛成721、反対0


 オーギュスト・カペーは有罪である。



 第二投票 国民投票は行われるべきか否か。


 第一演説 ガロンヌ派

 ニコラ・レオナール


 「国民投票は行われるべきである。これは国政を変えるなどと単純なことでは無い。歴史を変える行為だ。私達のみでなく、多くの人に委ねられるべきである。」


 第二演説 山派

 ゲオルゲス・ダールトン


 「国民投票は断じて行われるべきではない!先ほど、ニコラ氏は歴史を変える行為といったが!今現在のラソレイユ市民がそれをするにはあまりにも無知すぎる!!以上だ!!!」


 ダールトンはその恵まれた体躯に似合うように豪胆で豪快で豪放磊落だった。それ故に乱世の政治家としては適正だったのだ。


 第三演説 ガロンヌ派

 コトデー・マリー・バルバトス


 「国民投票は行われるべきだ。」


 その一言に会場はざわついた。なぜならコトデーは先程、ガロンヌ派の総意を無視し自分の主張を貫いた。だが次はガロンヌ派の総意に従ったのだ。

 親に叱られたようだな、山派は彼を嘲笑し、中立の議員は彼に失望した。


 「むしろ山派に問いたい、先ほどのダールトン氏の演説は山派の総意なのか?だとしたら笑わせてくれるなよと言いたい。」


 「テルミドール、国民議会はお前の提案で作られたが、その根っこにあるのは人民主権の理念だろう。」


 「にも関わらずお前が人民を蔑ろにしてこの場の721人のみで国の行く末を決めようと言うのなら本当にお笑いものだぜ。」


 彼の本当の狙いはこれだったのだ。

 己が失望されてもいい、支持を落としてもいい。だがテルミドールの支持も落とす。

 まさに諸刃の剣。恐ろしい手である。


 第三演説 山派

 テルミドール・ロベスピエール・マクシミリアム


 「先程の質問に応えよう、コトデー。」


 「国民投票を行うべきではない、というのが山派の総意である。」


 「そして私の意思でもあります。」


 その時、勢い良く扉が開き、一人の兵士が入場する。


 「急報!神聖帝国及びオスタリカ王国、アルビオン連合王国、ルーシー帝国以下多数の国家が同盟を組み我がラソレイユ領を侵攻していると!」


 これがかの有名な第二次対革命大同盟である。

 テルミドールは見逃さなかった。


 「これが現在の状況である!本来あのような男を処刑するか否などくだらない議論に使っている時間は無いのだ!!」


 だが同時にテルミドールは理解していた。未だ議会は最高潮に達していない。まだ温い。人はまだ叫ばないのだから。


 「以上になります。」


 諸刃の剣で出血するコトデーを完全に殺すのは、今ではない。


 山派の首領であるテルミドールは一歩引いたため、国民投票の賛否は両論となった。


 故にこの第2回投票は議会の行く末を決める投票でもある。国民投票(理想)か議会内投票(現実)か。 

 投票が開始され、その後に開票。


 

 第二投票 国民投票は行われるべきか否か。


 開票


 賛成286 反対425


 最も重要たる投票は明日に持ち越された。


 

 


 

 

 

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