第2話 夢洲での再会と出会い

 春の太陽が、夢洲の万博会場を照りつけていた。 ついに開催された2025大阪万博。

 取材許可証を首に下げ、僕はカメラバッグを肩に歩いていた。

  僕が取材に行くパビリオンの一つそれが〈松本零士ワールド・プレゼンツ:銀河家電パビリオン〉であった。

 テーマは時間は夢を裏切らないである。

  スポンサーは大手家電メーカー「オーロラ電機」だ。

  最新のAI冷蔵庫やロボット掃除機に混じって、 「メーテルの部屋」や「アルカディア号コクピット再現ゾーン」、「銀河鉄道999の機関室」を体験できるという。

  懐かしの世界観を体験できるという噂のパビリオンだ。

「まるで昭和SFと家電の融合か……」

 僕はパンフレットを読みながらそう呟いた。

 入口に立つスタッフたちの中に、ひときわ見覚えのある丸いシルエットを見つけて足を止める。 「あれ、もしかして小倉のぽっちゃりメーテルでは」

 黒い喪服のような制服姿、少し曲がったアストラカン帽子が目を引く。

 その帽子の下から聞こえた声は、やっぱり……。 「あっ、鉄朗さん!」

  芽高輝美が笑顔で手を振っていた。

  おっとりとした口調のまま、しかし瞳は本気でキラキラと驚いている。

「どうしてここに? まさか銀河鉄道999に乗って?」

 こにこと目を細めて芽高輝美は尋ねる。

「取材で来たんですよ。芽高さん、ここのスタッフになられたんですね」

「はい。AI冷蔵庫担当です」

「AI冷蔵庫担当って、銀河鉄道要素あります?」 「ありますよ。宇宙でも凍らせますってキャッチコピーが」

「絶対零度っていうわけですね」

 僕と輝美は笑いあう。

 僕たちの会話に通りがかりの客が笑って立ち止まる。

 輝美は少し頬を染めて、説明係のポーズを取った。

「こちらが、銀河鉄道999のキッチンを再現したコーナーです。銀河を旅しても、美味しいご飯は欠かせません。それが銀河家電のコンセプトです。なお銀河鉄道レストランではメーテルのビフテキと鉄朗の玉子ラーメンを提供しています。ぜひお楽しみ下さい」

 輝美の甲高い声がパビリオン内に響く。

  なかなか様になっている。

  僕は一眼レフカメラを向けて、芽高輝美の写真をとる。

 うん、やはり彼女の笑顔は可愛い。

 パネルの横には、金色の鍋や星型のお玉、「人工重力対応電子レンジ(※非売品)」「土星の土鍋トチローの母親使用」などの奇妙な展示物が並んでいた。

「これは凄い」

 僕は感嘆の声をもらす。

「こうして立ってると本当に宇宙にいるみたいなんですね鉄朗さん」

「たしかに、銀河感ありますね。あの値札以外は」

 パビリオン内のグッズはオタク心を揺すぶられるがなかなかの値段だ。

  僕の言葉をきいたそ輝美がくすっと笑った。

  その笑顔に、僕の心はまたほんの少し温かくなる。

 僕たちが展示品を見ながら談笑していると、背後から声がした。

「あなたが鳴海出版の星崎鉄朗さんですね」

  低く落ち着いた声だ。

 振り向くと、長い黒髪をひとつに束ね、赤いスカーフを巻いた女性が立っていた。

 鋭い眼差しに、知性的な光をたたえている。

 彼女の名札にはデザイン監修神宮寺エメと書かれていた。

 胸に髑髏がデザインされたコスチュームを着ている。

 ぴったりとしたデザインのコスチュームで彼女のスタイルの良さがよくわかる。

 細いのに出ているところはきっちりと出ている。僕は思わず見惚れてしまう。

  髑髏デザインのコスチュームは彼女の意志の強さを感じる。

 どうやらデザイン監修である神宮寺エメ自らコスプレをしてお客を出迎えているようだ。

「は、はい。雑誌の取材で……」

  僕は神宮寺エメの美しさに緊張する。

  そう彼女の美しさは宇宙海賊エメラルダスそのものだ。

「オーロラ電機デザイン部の神宮寺エメです。星崎鉄朗さんの記事を拝見しました。昭和と令和を結ぶ銀河鉄道というタイトル、悪くなかったわ」

  神宮寺エメはロングヘアーの黒髪をかきあげる。 いちいち仕草が絵になる。

「そ、そうですか。恐縮です」

  どうにか僕はそれだけを答えた。

 神宮寺エメが口にしたのは僕が前に寄稿した写真のタイトルだ。

 目の前の女性は、まるで現代のエメラルダスのようだった。

  鋭い目元、長い黒髪。髪色は違うが腰まで届くそのロングヘアーは魅力的だ。

  隣に立つ輝美が、小声で囁く。

「ねえ鉄朗さん、神宮寺さんってキャプテンハーロックの世界の人みたいですよね」

  どうやらぽっちゃりメーテルも同じ感想だ。 「そうだね、トチローの居場所聞かれそうです」 「アルカディア号の魂になったと答えたらいいのかしら鉄朗さん」

「そのときは僕、コスモドラグーンを見せるよ。トチローからもらったって」

そんな小声のやりとりをよそに、神宮寺エメは淡々と言葉を続けた。

「このパビリオンのテーマは人と機械の共生。松本零士先生の描いた魂のある機械の発想を、家電に置き換えています」

 神宮寺エメはていねいにコンセプトを説明してくれた。

「つまり、心を持った冷蔵庫、ってことですか?」  

 僕は神宮寺エメに聞いてみた。

「ええ。あなたの寂しさを察して、プリンを残しておいてくれるような」

 ふふふっと神宮寺エメは妖艶な笑みを浮かべる。 「それ、欲しいですね」

「でも、愛情を注ぎすぎると嫉妬しますよ」

 神宮寺エメはきりりとした表情でふざけた事をいう。

「いや、それはちょっと怖いな」

  僕も思わず笑顔になる。

  輝美も思わず吹き出した。

  神宮寺エメは一瞬、微笑んだように見えたが、すぐに表情をまじめに戻す。

「ところで、あなたたち……知り合い?」

  神宮寺エメは僕と芽高輝美を交互に見る。

「えっと、以前、小倉駅で」

 僕はそう返答した。

「メーテル像の前で出会ったんですよ!!」

 輝美が即答した。

「ふうん…… 偶然というには、できすぎね。それはまさに宇宙の意志」

  神宮寺エメの瞳がわずかに輝く。

  僕はその視線に圧されながらも、心の中でメーテルに続いてエメラルダスに出会うとは運命を感じざる終えないと思った。

  その後も取材は続き、三人でパビリオンの展示を見て回った。

「銀河鉄道体験ゾーン」では、前方位のモニターがものすごい迫力で臨場感たっぷりであった。 アニメの名台詞が次々と流れる。

「機械の体になんか、なりたくない!」

「鉄朗、君はネジになるのだ」

「人間って、いいものね……」

「万感の思いをのせて汽笛がなる」

「メーテル!!」

 館内に野沢雅子の声が響き渡る。

  このパビリオンのために新しく撮り直したらしい。

 鳥肌が立つほど感動した。

  隣のぽっちゃりメーテルも目を潤ませていた。 エメラルダスこと神宮寺エメも目尻を指で拭っている。

  暗い車内のようなスペースで、僕たちはその野沢雅子の声を聞いた。

 僕の瞳から勝手に涙が流れる。

  子どものころ、テレビの前で見たあのラストシーンが、胸の奥に甦る。

 スクリーンの光が消えると、隣の席で輝美が小さく呟いた。

「やっぱり、この世界観、いいですね。人がちゃんと“感じる”ことを大切にしてる」

 芽高輝美が呟く。 その言葉に、僕は思わず頷いた。

  神宮寺エメは真剣な表情でこくりと頷く。

 神宮寺エメの横顔の美しさにまた見惚れてしまう。

 取材を終えて、出口へ向かう頃には、夕陽が会場万博を赤く染めていた。

  輝美がメーテル帽子を外しながら、ほっと息をつく。

「今日、来てくれてうれしかったです。また、撮ってくださいね鉄朗さん」

 ぽっちゃりメーテルは微笑む。

「そうだね、今度は銀河鉄道の食堂車かな」

 僕はメーテルの切れ長の瞳を見る。

「じゃあ、ビフテキとラーメン持ってきますね」

 ふふふっとぽっちゃりメーテルはまた笑う。よく笑う人だ。メーテルの笑顔を見ていると僕も楽しくなる。

  僕たちが笑い合うその後ろで、神宮寺エメが静かに声をかけた。

「星崎鉄朗さん。あなたのレンズ、悪くないわ。いつか人の心を撮る写真を、見せてほしいわ」 「え?」

  僕は思わず聞き返す。

「私、機械より人間のほうが美しいと思ってるの」 そう言って、神宮寺エメは踵を返した。 その後姿はまさに宇宙海賊エメラルダスであった。 夕焼けの光が差し込む中、僕はぽつりとつぶやいた。 「エメラルダスが地球にいたら、あんな感じなんだろうか」

「はい、そうですね。神宮寺エメさんってエメラルダスそのものですよね」

 メーテルこと芽高輝美も同意した。

  小倉駅で出会ったメーテル。

 そして今日大阪関西万博で出会ったのはエメラルダス 。

 この夏、きっと何かが始まる。

 僕はそう感じて、夕陽に染まる銀河パビリオンを振り返った。

その入り口には、松本零士の言葉が刻まれていた。

「時間は夢を裏切らない」

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