銀河鉄道999に恋して
白鷺雨月
第1話 小倉で出会ったのはぽっちゃりメーテル
2025年の一月、僕は北九州の小倉駅に来ていた。 小雨の小倉駅前は、アスファルトの上に街の光が滲んで、まるで水彩画のようだった。
傘を片手にカメラを構える男が一人。
それが僕だ。
名前は星崎鉄朗、四十六歳。
とある地方出版社のカメラマンである。
目の前に立つのは、あのメーテル像。
銀色の髪、長いマント、冷たい眼差し。
雨粒に濡れて光るその姿に、僕は思わずつぶやいた。
「やっぱり、メーテルは永遠の恋人。青春の幻影」
そうあの映画「銀河鉄道999」の公開日に生まれた僕は、もちろんその映画が一番好きだった。
そして好きな女性のタイプはずばりメーテルであった。
僕が小倉駅のメーテル像をデジタルカメラで撮っていたところ、甲高い女性の声が聞こえる。
「あのっ、すみません! そこ、私が撮りたかった角度なんです!!」
突然、後ろから声が飛んできた。
振り向くと、傘も差さずにずぶ濡れの女性が立っていた。
ぽっちゃり体型に黒のレインコート、髪は少し跳ねている。
手には、なぜか手作りっぽい黒色のメーテルがかぶる帽子を持っていた。
たしかあの帽子はアストラカン帽と呼ばれるものだ。
僕は思わず言った。
「メ、メーテル?」
女性はぱっと笑顔を見せてはい答える。
切れ長の瞳に長い睫毛はたしかにメーテルを連想させる。しかし、頰はふっくらしているのでそれじゃない感もある。 でも何故か僕は彼女をメーテルと呼んでしまった。
「そうなんです。昔からメーテルって呼ばれてて。
僕は思わず、彼女にそう尋ねる。
彼女はアストラカン帽を金色の髪の頭にかぶる。
「はい。小学生のとき、金色のカツラをかぶって運動会に出たら、先生がそう呼び出して……」
「先生のセンス、攻めてますね」
僕が目高輝美にそう言うと彼女はくすくすと笑う。
笑う彼女の細い瞳を見て、思わず可愛いと思ってしまった。
メーテルとは真逆のぽっちゃりスタイルなのに可愛いと思った。
雨脚が強くなり、僕たちは駅の屋根の下に避難した。
目高輝美はバッグからハンドタオルを出して髪を拭きながら、にこにこと言う。
「あの、カメラマンさんですか?」
「まあ、そんなところです。地方の出版社で写真撮ってて。昔から松本零士のファンなんですよ。それで僕は映画『銀河鉄道999』の公開日に生まれたから、名前も星崎鉄朗なんですよ」
「えっ、本当に? すごい偶然ですね!」
「母親がアニメ好きで、宇宙に行くような男になれって」
「宇宙、行けました?」
「いや、いや日本からも出られないままですよ」
僕は苦笑する。
輝美がくすっと笑う。
その笑い声が駅の屋根に響いて、雨音と混じる。 僕の胸の奥で、なにかが小さくはじけた。
「もしよかったら、私の写真も撮ってもらえませんか?」
芽高輝美は僕に両手をあわせる。
「メーテル像と一緒に?」
「はい。せっかくなので、思い出に残したいんです」
目高輝美は僕の一眼レフカメラをじっと見る。 僕は少し照れながらカメラを構える。
輝美はメーテル像の隣に立ち、金色の帽子をかぶりなおす。
アストラカン帽のサイズが合わず、帽子が目までずり落ちる。
「あ、見えません……銀河の果てまで見えません……」
「それ、言いたかっただけでしょう」
僕はずれる目高輝美のアストラカン帽をなおす。
思わず顔が近くなり、心臓がどきんと脈うつ。 僕は急いでシャッターを押した。 レンズの向こうで、雨に濡れた自称メーテルが、子どものように笑っていた。
撮影を終えると、目高輝美が写真を覗き込み、目を輝かせた。
「これ、とても素敵ですね。映画のラストシーンみたい」
「プリントして送りますよ」
「ほんとですか? うれしい……じゃあ、今日の記念に」
そう言って目高輝美は右手を差し出した。
雨で少し冷たい手を握りながら、僕は思った。 なんで僕、こんなタイプの女の子にときめいてるんだろう。
気づけば、雨は止みかけていた。
メーテル像の背後の雲が切れて、夕陽がオレンジ色の光を落とす。
その光の中で、輝美が言った。
「私、四月から大阪に行くんです。夢洲の万博で働くんです」
「万博? すごいじゃないですか」
「いえいえ、スタッフのひとりです。人の流れを案内する係なんですけど、ちょっと楽しみで」
「似合いそうですよ。宇宙服みたいな制服?」 「松本零士先生がデザインされたそうですよ」 「それもしかして、ヤマト仕様かもしれませんね」 「ふふっ……じゃあ、また会えたら撮ってくださいね。今度は晴れの日に」
僕たちはスマートフォンを交差して、ラインのIDを交換した。
「それじゃあまたね、鉄朗さん」
芽高輝美はそう言って、傘もささずに駅の改札へ走っていった。
背中のリュックにぶら下がっていたアストラカン帽子が、風に揺れていた。
僕はその光景を、無意識にもう一枚シャッターに収めた。
ファインダーの中で、濡れたアスファルトが銀河みたいに輝いていた。
独りになったホームで、僕はぼそりとつぶやいた。
「やっぱり、メーテルとは駅で別れるのか」
次の瞬間、駅の方から声がした。
「だって、電車の時間ギリギリなんですもの!」
芽高輝美がまだ改札の前に立っていた。
どうやら定期券を落としたらしい。
顔を真っ赤にして笑う彼女を見て、僕は吹き出した。
「ドジっ娘メーテルじゃないか」
「今度こそ、またね鉄朗」
小雨が完全に上がる。
空にうっすら虹がかかっていた。
僕はその光景を見上げながら、静かに思った。 この出会い、きっと列車の発車ベルみたいなものだ。
まだどこに行くかわからないけれど、乗ってみる価値はありそうだ。
ぽっちゃりメーテルの走り去る後姿を見て、僕はそう思った。
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