第22話 第一章(続き)

〈奥様に家事を仕込まれるお父さんの図〉を思い描きながら、なんだか情けない気分になってしまった。いやいや、元々家事の出来る男だったかもしんないじゃん。オレ、思い込むのはよろしくねーぞ。一旦、この想像はおいとこう。


 ところで、掃除はいつするのだろうか。この猫は掃除機の音が大丈夫なタイプだろうか。実家の猫は逃げ惑っていたからな~。ちょっと興味がある。奥様は、洗濯物の一部を外の物干しに干すと、朝の家事は全部終わったみたいだ。これで休憩かなーと見ていると、その手には青々と草の茂る植木鉢があった。外から持って入った?


 何やら心惹かれる匂いがする。目の前に置かれた植木鉢に顔をつっこむと、考えもせずにはぎはぎと草を食み始めた。こ、これは猫草と呼ばれるものだろうか。旨いのか? 旨いような気もするが、そうでもない。それなのになんでこんなに夢中なんだ? 要するに、美味しくて食べているわけじゃなかった。


 ある程度腹に入ると突然ムカムカし始めた。悪阻つわりなのか? まさか雌だったのか? いや、付いているな。おえーっっ。むほっむほっげろりん。今食べたばかりの猫草に交じって毛玉がもろっと出て来た。あー、なるほどねー、健康に留意して頂いてたのね。出入り自由な実家の猫と違って、完全な家猫には必須アイテムだな。


 奥様にとっては猫のお世話も家事の一環だったりして。ふはっ。一連の動作があまりにもスムーズに連鎖しとったものなあ。あん? やっぱこれで終わりだな。ふむ、お茶とお菓子の用意をしているようだ。もしかして、オレに草を与えるところまでが家事なのか? 家事? 似たようなものか?


 どうでもいいことに疑問を感じている自分が非常に新鮮だ。こういう日常のルーティンも日々を重ねればいずれ分かって来るだろうけれど、慌てて知る必要はない。毎日少しずつ疑問を解消していくのも悪くないものな。うん、暫く家事に注視して家族を見守るかな。


 看護職なので午後シフトだという奥様が遅くに出勤してしまうと、誰一人いなくなった家にオレは一人取り残された。物音一つしなくなって、なんだか寂しさを感じていると、ウィーンという微かな電子音が聞こえた。おおう、お掃除ロボットが動いているじゃないの。なるほど、一階のお掃除はコイツの役目なのね。


 くんくんツンツン。こらこら、君はどこへ行くの~。追いかけつついて邪魔して方向を変えてと色々楽しんだ後、休むつもりで上に乗っかるとくるくる回りながら部屋を徘徊する。この乗り物⁉ は最高に楽しいじゃないの! オレは、毎日これに乗っかって楽しむことを即座に決めた。うむ、一つ日課ができた。実に喜ばしい。


 おい、どこへ行く~そんなに隅っこに行くんじゃねー。待てってば、壁にぶつかるぅぅ。あ、終わったのね。充電器に収まる前に飛び降りた。気のせいかお掃除ロボを蹴り飛ばしたようだが、無事に充電器に収まっているから、知らんぷりだ。何かあっても猫の手では治せるはずもなく、知らんがな。ふんす


 十五分ほどは楽しめたが、小学生のボクちゃんが帰宅するまで、この後まだまだ時間はあるだろう。オレは暇をかこつ己の姿を想像して愕然とした。テレビもPCもなしに一体どう時間をつぶせばいいのだろうか。猫って広い縄張りを見張る必要がなければ、普段何をしているのだろう? 寝てるだけ? 分からん。


 とりあえず、今日は家の中を探検すれば時間はつぶれるだろうけど。今後のことも考えつつ探索せねば。うむ。お掃除ロボのような習慣化出来るものをなるべく多く見つけようなどと勢い込んでパトロールを開始した。


 幸いどの部屋も扉を開け放しておいてくれた(夜閉めているのはオレの活発な行動を制限して眠りを確保するためのようだな)ので、今日に限っては扉を開ける苦労がない。誰か知らんけど、気が利くう。いつでもそうしてくれていると、広いスペースを使い放題なのになー。人間様のご都合だから普段は無理かなあ。


 最後に家を出た奥様の機転のような気もするけれど、そこを深掘りする意味はないだろう。以前からそうなのかもしれないし、夕べの様子を見て事前にみんなで取り決めたのかもしれないものな。みんな猫を大事にしてくれるいい人達だからな。

 もしかして幽霊のままふらふらしているよりも、遥に実のある良い選択だったのかもしれない。前任者に感謝、だな。ふふん



続く

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