第21話 第一章(続き)

 初めての猫トイレ、猫砂……致す時もなんか変な感じがしたが、終わってからがまいった。自分で言うのもなんだけど、下手くそ。後ろ足をピッピと振ったのはいいけれど、この散らばりようときたら、どうよ~。指の間に挟まった砂は、振ってもとれんがな。ごめんなさーいと心で思って、そのまま猫トイレから飛び出した。すごい音がして増々散らばったが、もう知らんがな~~~


 プラス、指間の砂が取れないものかと、板の間を滑りながら走り回った。これで何とかなるらしいことは、蝿で経験済みだ。カシカシカシー、爪が当って妙な音がした。前の女の幽霊もこんな感じだったんか? いや、駆け込んだ時はキレイだったような。不味い、増々ボケを疑われちゃうんじゃね?


 困った、掃除なんてもってのほか。猫の手じゃ散らばった砂が誤魔化せない。オレはトイレの前に戻って固まった。どうする?

「あれ猫、こんなとこで、どした?」

 ヒャー、お母さんだ! スンマセンスンマセン。リーマン時代の必殺土下座で謝罪……って、ただ座り直しただけだった。もじもじ……


 うっ、目の遣り場がねえ。怒られるのは必至だろうが、なぜか隠れられないまま、奥さんからふいっと視線だけをそらした……羞恥心とか陳謝とかって、猫にとっては表現しがたい感情だにゃ~~~

「あれあれ、今日は間に合わなかったの? たまに散らすよねえ。片付けておくから気にしなくてもいいよ」


 ひょー、ここん家はみんな猫には優しいのね~、感涙。感謝の八の字を足の回りで描くと、奥様♪(以降、左様に呼ばせて頂きます!)はやにわにしゃがみ、指先で眉間を掻き掻きするように撫でた。おう、今日はソファーに投げないのね。

「よしよし、反省の色が見える。後で、猫缶を入れといてあげよう」


 反省の色って何色にゃ? って、それよりも猫缶ですと⁉ そ、それは……真に甘美な響きなのにゃ。美味しそうな予感でオレは打ち震えた。今にも口から涎が垂れそうだ。むにゃむにゃごっくん。

 うむ、猫の姿なのは未だに慣れないけれど、環境は最高の気がしてきた。


 その後、奥様がみんなの朝食の支度を整え、オレの餌⁉(何故か自分を貶めたような気分になるにゃ)の準備を終わらせるまでの間、オレはお手手をぱあして指の間に残った小さな猫砂を舐め出し振り払った。トイレの砂を舐めることに抵抗がないとは言えないが、この際それしか方法が分からんので諦めた。きっと、憑依した猫生じんせいは諦めの連続に違いない。


 それから、お行儀よく座って奥様のなさることを見ていると、通りすがりに「お利口さんねえ」などと褒められて、増々誇らしい気分になってしまった。オレって褒められて伸びるタイプなのだ。あのクソ上司は知りろうともしなかったけどね。

 にゃあ、もっと褒めてくれ~にゃおん


 そんなアホなことを考えている間にも、奥様は手際よく朝の家事をあれこれ済ました。七時を過ぎると、三男坊を起こし、次男に「今日は何限から?」と声をかけた。極平凡な家族の日常を切り取ったようだった。それにしても、なんだよ、今時の夫婦なのに家事は奥様任せなのか? とお父さんをギロッと睨むと、なんで分かったのか、新聞を横において返答〈オレにではないけどな〉があった。


「明日は私が朝飯係だけど、猫缶は出さなくてもいいかな」

「あ、さっきあげちゃったから、明日はカリカリでいいわよ」

 あ、なるほどね。交代制なのかな。本当に上手くいっているご夫婦ということだ。感心すること暫し……って結婚経験のないオレが何を偉そうに言っているんだか。


 でも、共働きの夫婦が当たり前の如く家事分担しているのは、見ていて気持ちがいいものだ。ここまでくるのにそれなりに紆余曲折なんかもあったのだろうか。想像するのも割と楽しい。お父さん、完全に尻敷かれたタイプだから、奥様に家事を仕込まれている過去が見えるようだにゃ。



続く

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