第一章

第8話 

 自転車との接触事故で死亡したオレは、事故後即身体から抜け出したせいか、かなり意識の明瞭な幽霊になっていた。そんな幽霊ってオレ以外に存在しているのか? 少なくとも病院では見かけなかったな。いずれ魑魅魍魎ちみもうりょうのごとくおっかないのに変わるのだろうか。うらめしや~なんて柄じゃないのだが。う~ん


 今のところ、幽霊である自分の姿も全く想像がつかない。足があるのかないのか、どうでもいいけど気になるじゃないか。残念なことに鏡に映らないせいで分からん。それに、そもそも生きている人から見えるものなのか? 霊が見える人と言うのは本当にいるものなのか? それとも究極の透明人間?


 しっかし、まだ色々現実味がなくて、実体がないという事実を忘れがちだ。習い性のごとくドアノブを掴もうとしたり引き戸を開けようとしたりで空振りを繰り返し、自動扉の前で待つなどをうっかりやらかすのは、気づくのに時間を要するが実害がないのでよしとしている。尤も、幽霊でもできるようになるのかもしれんが……ほれラップ音とかひとりでに扉やなんかが空くのは幽霊のせいだって言うし。


 だけど、人相手だとそう落ち着いてもいられない。人に出会う度、夜中に病院内を徘徊する変な人だと思われやしないかと、何かと焦っては、相手は見えていないと腑に落ちることを繰り返している。アホだ。いや、アホっぽく見えるって感じ? 誰も見えてないとは思うけど、一々動揺している自分の姿を想像して落ち込むというか。


 そうしている内にいずれ慣れてくるものなのだろうか? 幽霊にも慣れなどと言ってもいいものなのか? 否慣れるな。実際行動が幽霊らしく? なってきているものな。それに、時間だけはたっぷりあるから、自分のことも周囲のことも暫く観察するとしよう。って、暇か? うむ、暇だ。そこは間違いない。


 それにしても自転車に轢かれたなんて洒落にならない。両親がどんな顔で死亡原因を聞くのかと想像すると、何だかとても情けない気分になる。打ちどころも悪かったのだろうが、多分、ブラック上司に長く仕えたせいで、それだけ体が疲弊していたということだろう。挙句、幽霊……そう考えると自分が哀れに思えてくるから不思議だ。ああ、可愛そうだなあ。


 ついさっきまで、幽霊と云う初体験が面白くて現実から目をらしていたからな。しかし、何だな。そもそもこんなもんが存在しているなんて、信じたことは一度もなかったのに、自分がそうなっちゃうなんて思いもしなかった。見えないからいないというのは、科学的ではあっても案外論理的ではないのかもな。はて?


 幽霊のその後、つまり肉体が焼かれてから時間が経ったら、意識はどうなるのかという点で一抹の不安を覚えずにはいられない。そう、荼毘(だび)に付されたらオレってまさかの消滅? うー、情報のないことは考えても仕方ねーな。とりあえず現状を堪能してみるというのが建設的かな。オレって前向きな性格じゃね?


 病院から付いて行った冴えない事務職員のおじさんは、最寄りの駅方向には向かわずに徒歩で帰宅するようだ。病院は等々力渓谷近くらしいが、歩いている方向的には二子玉川方面だ。もう既に随分歩いているけど、そもそも徒歩圏内に自宅がある感じではない。最終電車の時間でもないし、最終バスが出た後か健康のためか。分からん

 まあ、どんなに時間がかかろうと幽霊のオレは疲れないんだけどな。



続く

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る