第9話 (第一章続き)

 そうそう。思わぬ事故で幽霊になっちゃって暇なもんで(幽霊ってすんごく暇なのよ~)、病院に居た草臥くたびれた感じのおじさんに付いて行ったってとこまで話したっけ? んじゃ、続きをば。 


 そのおじさんなんだけどさあ、乗物を利用する気が全くないらしく、 慣れたように裏道っぽいところを選んで歩いてんだよ。何となく見覚えがあったりする地域なので、こうした暗い場所は、夜中のかっぱらいや強盗の懼れがあると知っている。今のオレなら脅かせば逃げていくかもしれないけど、相手に見えるかどうか微妙だし。

 自分で気を付けてくれよな~。


 いずれにせよ、オレも二子玉川に住むようになって数年するが、住宅街の方まで足を延ばしたことはなかったから、おじさんの通る道はどれも新鮮に感じる。へええ、こんなところ通れるんだーってな具合で。それに、個人の家の塀から覗く木々や花々が賑やかしくもお洒落だ。健康のために歩いときゃよかったな。


 それにしてもこんなに綺麗な街だったのかあ。マジで散歩くらいしておけばよかったぞ。松濤ほどではないように思えるけれど、中々に瀟洒た構えの個人宅を横に歩いて行く。庭のある家や空き家になって長い家も多いせいか、街中にしては緑が多い。うん、こんなところに住んでみたかったな。


 待~て~よ、確かこの辺りって結構地価が高いよな。おじさん、見かけによらずボンボンだったのか~などと要らぬ想像を掻き立てながら憑いて? 行くと、大型の個人宅の中で五、六軒ほどが寄って建っていて、周囲に比べると明らかに新しい家に着いた。この辺の新築に多い作りだ。


 駐車スペースを通り抜け、申し訳程度に鉢植えが置かれている一番通り側にある家の門扉を開けると、おじさんは玄関扉の鍵穴にそっと鍵を差し込んだ。夜遅いから、家族に気を遣っているに違いない。やっぱり優しい人だな~付いて来て正解だったな。オレ、ナイスチョイス!


 玄関扉を開けて家に入ると、上がりかまちの壁にある玄関の明かりを直ぐ点けた。すると、そこだけスポットライトが当たっているかのごとく明るい中、人工大理石らしき床のど真ん中に丸くなっている薄くグレイがかった色合いの綺麗な猫がいた。電球色の明かりなので正確な色は分からないが、お高い猫感満載だ。


 おじさんはその猫の姿を見ると、ふうっと息を吐いて喋りかけた。

「いつも待ってくれてありがとね。猫だけだね~、私に優しいのは……」

 何となく家庭内地位の低そうな科白せりふを吐いたおじさんは、靴を履いたままその場にしゃがむと、半身を起こした猫の頭を丹念に撫でた。


 気持ちよさそうに目を細めた猫は、申し訳程度におじさんの足に頭をこすると、その体勢のまま眩しそうに眼を細めて見上げた。眠たいだけかもしれないが、心なしかなんか仕草が年寄りっぽい?

「お前ももう年なんだから、こんなに冷える場所で待たなくていいんだよ」


 お、おじさん、なんて優しいんだあああああ。オレの実家でも猫は飼っていたが、家人の誰もこんな風に会話してやっていなかったような気がする。いや、オレ以外の行動は知らんけど。ん、待てよ、単に寂しいおじさんってだけか? ……家庭内で孤立する父親……背中にそこはかとない哀愁を感じるじゃあないか。うっ泣けるぜ。


「長男がお前を拾ってきた時にはこんなに堂々とした綺麗な猫になるとは思わなかったんだけどねえ。まるで血統証付きだものね」

 そうおじさんがボソボソ言うのを聞いて、オレはマジマジとお猫様を観察にした。撫でられた後くるりと体を巻いて横になった猫は、銀灰色の短毛種で瞳はブルー。


 何て言ったかな、国の名前がついてるような猫種だったと思うけど、ペットショップではお高い種類の猫だよな。毛艶や仕草から、確かに高貴な匂いがプンプンしてなくもない。知らんけど。

 お猫様、すんません、オレの方が格下? なのに上から見ちゃって。



続く

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